そんな毎日を過ごす中で


妊娠五カ月目くらいから

目に見えて、

体に変化が出てきた。



もう自分をごまかしきれない。


産むか産まないか、

決断しなきゃ。







そう、

五カ月に入る頃ですら

私は
産むか産まないかの決意すら


できていなかったのである。





こんなお母さんじゃかわいそうだよね

とか諦めてみたり


でもせっかくきてくれたんだ、
産みたい。


とか思ってみたり。



優柔不断極まり無い。



この時点でもまだ、

母親の自覚なんて
ゼロから一本毛が生えた程度だった。




日に日に大きくなるお腹。

不安とは裏腹に
当たり前に過ぎていく毎日。




遺伝子学的な父親とは、
この頃毎日喧嘩していた。



産んでほしいと一貫している相手と、

簡単に言うなと怒る私。






今思えば、
二十歳の男子が
そこを一貫できたことだけでも
すごいなと思うけど。


その頃の私には

頼りなく見えて。



感情に任せ、

ありとあらゆる言葉で傷つけていた。


家出も何度もした。



もうメンタルは
自分史上最大にぐちゃぐちゃだった。





そんな中、
産もう、、。と思えたのは


その彼の言葉であった。


『俺が育てるから
お願いだから産んでください。』




これを聞いた時、


情けないのは自分だけだ

一緒に頑張ってみよう。



って初めて思えたんだ。




そこからは

話が早かった。


親に話して
相手が親と会ったり。


親は終始反対の姿勢を
崩すことはなかったけど。


諦めるように娘を説得しろと言って

相手がお願いしますと

頭を下げ続けてくれたことを知ったのは


何年も後だったけど、、、、。





とにかく、
若さ(馬鹿さ)で強行突破したような


そんな妊婦生活だった。



そして迎える妊娠後期。



私は、

その彼との別れを迎える。



(お母さんになった日。にはあまり関係ないので、その話はまたいつかね)



シングルマザーになる。


と決意したのは、


臨月を迎えてからだった。