そこまできても
今思えば
まだまだ母親の自覚は
芽生えていなかったと思う。
できる、と思っていた。
産んですぐ働く。
お父さんいなくても
私とか周りのみんながいれば
大丈夫っしょ!
と、
ポジティブ馬鹿な
お花畑全開だったのだ。
臨月はとにかく苦痛だった。
不安だし、
くるしいし、
動けないし。
今日かな、明日かな。って
毎日毎日そればかり。
そして、
待ちに待ったはずの
その瞬間は
突然来たのである。
なんとなくコンビニまで歩いて
なんとなくひよこクラブを買って
なんとなく帰宅して
なんとなくトイレに行った瞬間。
バシャーーッ
っと、
もうどう考えても
尿ではない何かが大量に。
そう、破水である。
そこから始まったのは、
想像を絶する痛みとの戦いだった。
よく、
すいかを鼻からどうのとか言うけど
そんな生易しいもんじゃない。
あとまず、
鼻にすいかは入らないから
その例えでは
一ミリもあの痛みを
想像することはできないだろう。
例えたら
コーラックをワンシート飲んだ状態で
出すのを我慢しろと言われ
内側からナイフで
絶え間なくガリガリ骨盤を削られる。
である。
陣痛なんてみんな経験してること、
とかさ
無責任な発言する男性には
ぜひ同じ痛みを味わってもらいたい。
あれから10年経つが、
あの痛みはいまだに思い出せるし
あれに比べたら
全てが余裕だな、
と思える痛さだった。
痛みには強くなりました、
おかげさまで。
そんな痛みに耐えること十四時間。
もう限界なんて
とうに200回くらい突破していた。
汗や涙やなんやらで
もうぐちゃぐちゃな私からの
もう無理、まだですか?
の問いに、
あと三時間くらいかなと
非情な答え。
もう、だめ無理!
なにかが切れた私は
おもむろにトイレへと向かった。
痛過ぎて吐くなんて
これまた人生初。
いきんだらダメとか言われたけど
無理だよ無理無理。
ってことで
トイレで
いきみました。
いきむとね、心なしか楽で。
もう自分の意思と別で
体が勝手にいきむんだ。
ああでもまずいかも、
産まれちゃう。
って
一瞬の理性で
ナースコールを押して。
かけつけた助産師さん。
全開です、
分娩台に移動します!!!
もう神の一声かと思ったね。
三時間を30分に短縮し、
もう気絶寸前なまま
残ってるはずもない体力を
振るい起こして
分娩台に
移動することになったのでした。。
続く