アレクサンドル・アレクサンドロフ 「聖なる戦い」、「旧ソ連邦国歌」 | クラシックばっか 時空間

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今日 7月8日は、アレクサンドル・アレクサンドロフの命日です。

アレクサンドル・ワシーリエヴィチ・アレクサンドロフ(1883年4月13日(ユリウス暦4月1日) - 1946年7月8日 ベルリン))はソビエト連邦の作曲家で、陸軍軍人です。

陸軍少将の時は、旧ソ連邦「軍歌」を作曲し、その後1943年には、旧ソ連邦の「国歌」の作曲者となり、ヨシフ・スターリンの庇護を受けました。(作詞は児童文学者であったセルゲイ・ミハルコフであり、1944年から1991年のソ連崩壊まで「ソビエト連邦国歌」として歌われてきました。)

アレクサンドロフはモスクワ音楽院教授であり、人民芸術家としてソビエト連邦国家賞を受章しています。なお息子のボリスも父と同じ陸軍少将であり、作曲家です。

また彼は、『アレクサンドロフ・アンサンブル』を創設し、ロシアの民族音楽の普及に努めたことで知られます。

『アレクサンドロフ・アンサンブル』とは、少数のソリストや大勢の合唱団、バラライカやバヤンといったロシア伝統民族楽器を取り入れたオーケストラ、ダンサー集団、指揮者や団長等といった幹部から構成される演奏団体です。

独唱・合唱だけでなく、コサック・ダンスやタップ・ダンスといった演舞も取り入れていて、古くからロシア各地や旧東側諸国は勿論、冷戦時代にもアメリカや西ヨーロッパ諸国といった旧西側諸国も積極的に巡業し、高い評価を得ています。


「聖なる戦い」は1941年、ナチス・ドイツによるソ連侵攻の際に作られた赤軍の軍歌で、ヴァシリー・レベジェフ=クマチ作詞、アレクサンドル・アレクサンドロフの作曲です。1941年6月26日にアレクサンドロフが芸術監督を務めていた『アレクサンドロフ・アンサンブル』により初演されました。

開戦当時ソ連軍は大粛清による将校不足で連戦連敗であったため、歌詞中では「応戦」ではなく「とにかく追い返せ」という歌詞になっています。そのため、曲調が低音ぎみで暗い感じがしますがソ連の軍歌としては有名です。軍歌らしく行進曲調ですが、拍子は三拍子です。


1.「聖なる戦い」(1941年)
ーーー (約2分) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 


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2.「旧ソビエト連邦国歌」
ーーー (約4分) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 


■2019年7月8日 ーーーーーーーーーーーーー

・「聖なる戦い」
    起て、大いなる祖国よ
    戦いへと起ち上がれ
    邪悪なるファシストの
    悪しき軍を破れ
    聖なる怒りは
    波の如く、
    人民の戦闘、
    聖戦へと行け!
 
・「旧ソ連邦国歌」
1番
    自由な共和国の揺ぎ無い同盟を
    偉大なルーシは永遠に結びつけた
    人民の意思によって建設された
    団結した強力なソビエト同盟万歳!
コーラス
    讃えられて在れ、自由な我らが祖国よ
    民族友好の頼もしい砦よ!
    レーニンの党――人民の力は
    我々を共産主義の勝利へと導く
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