オッフェンバック  オペレッタ『地獄のオルフェ(天国と地獄)』序曲 | クラシックばっか 時空間

クラシックばっか 時空間

作曲者や指揮者、演奏家などに因んだ記事を紹介しています。 日常生活で気づいた場面を写真にしています。

 

 今日 6月20日は、オッフェンバックの誕生日である。
       
 ジャック・オッフェンバック(1819~1880)は、ドイツ生まれであるが、フランスで活躍(後に帰化)した作曲家であり、チェロ奏者、オペレッタ作曲家である。

 

ジャック・オッフェンバックは父親の出身地(ドイツ・フランクフルト近郊のオッフェンバッハ・アム・マイン)からとったペンネームで、本名はヤーコプ・レヴィ・エーベルストである。

 

オペレッタの原型を作ったともいわれ、音楽と喜劇との融合を果たした作曲家である。なお、オッフェンバッハ(ドイツ語読み)で読むこともある。

 ジャック・オッフェンバックは、1819年にドイツのケルンで生まれ、1833年 14歳の時に、チェロを学ぶため、パリ音楽院に入学した。劇場のチェリストから作曲家に転向すると、当時のパリに充満する風刺とユーモアの精神を吸収し、オペレッタに新境地を開いた。

 

  物事をこっけいに、また風刺的に描き出した彼の作品は、第二帝政時代のパリで大ヒットし、1850年にテアトル・フランセの指揮者になった後の1855年には自らブフ・パリジャンという劇場を結成し、毎年多くの新作を上演した。

 

大衆からの爆発的な人気と反比例するかのように、知識人からは痛烈な風刺、退廃的な快楽主義との批判も多かったが、生涯におよそ100曲あまりを作曲し、以後ウィーンに引き継がれるオペレッタの黄金時代を築いた。

 

また、ロンドンやアメリカにも招かれて大好評を博し、続くミュージカルの到来に大きく貢献している。

 1914年の帝劇初演時の邦題が『天国と地獄』であり、原題は『地獄のオルフェ』(Orpheé aux Enfers)である。

 

1858年10月20日にブッフ・パリジャン座で初演された、ジャック・オッフェンバック作曲による全2幕4場のオペレッタである。初演から1859年6月まで連続228回公演を記録した大ヒット作であり、オッフェンバックの代表作である。

 なお、オッフェンバックのオリジナル版には序曲はなかったが、1860年のウィーン初演(ドイツ語版)のために、カール・ビンダーが劇中曲を編曲して3部構成で「序曲」を作成した。

 

 特に第3部「カンカン(ギャロップ)」が有名(劇本編ではダンスシーンのBGM)である。日本では特に「序曲」第3部が「天国と地獄」の曲名で知られる。

 

古くは無声映画時代の追いかけっこ場面の伴奏、 戦後も運動会のBGMや某カステラメーカーのCMにも使用され、クラシック音楽の中でも有名な曲の一つである。


    ↓ リンク(URL)をクリックしてお聴きください。↓

 

※ 特に最初の出だしの音が大きいので、注意して下さい!

 

■ 序曲 (第1部 0'00"~   第2部 4'01"~ 第3部 7'21"~ )
■■ オペレッタ『地獄のオルフェ(天国と地獄)』序曲 ■ J. OFFENBACH "Orphée aux enfers" (Orpheus in the Underworld) Overture - YouTube