お家にインターネットが開通したので、
久しぶりにつらつらと書いてみようと思った。

のですが、特に書くことがありません。

とりあえずいま、ちょっとだけ情緒が不安定。

今日お休みだったからです。

1日自由な時間があると、よけいなことを考えてしまうので、うざったい発言が増えてしまったりします。
ただ、うざいことに気がついているので、できるだけ流出しないように飲み込みます。
だから、休みの日は疲れるのです。

9月に夏休みをもらえそうなのですが、
このままだとうじうじしているうちに貴重な休みが終わりそうなので、とりあえず海を渡ろうかと思います。
あでいおすじゃぱん。

もんもんとしているので非常にうざったい文書になることがいまから容易に想像できる。



帰省からもどって、一人の時間が多分いまで30時間目くらい。

すべてをひっくるめて寂しい。


つくづく転勤族っていうのはつらいなと思う。

でも私はこの仕事が好きで、

次の案件は・・・とかそういう話聞くと一気にテンションあがる。

何とってきますか!

どのネタいりますか!

このポイントおもしろくないですか!


でも、仕事からいったん離れてしまうと、私ってなんなんだろうって思う。

昨日、中毒っていわれた。

一歩ひかれた気がした。


仕事がすべてになっているつもりはない。

でも、仕事が休みになるとうつうつと考えこむってことは、仕事以外に考えることがあまりに少ないからだろう。


あんまり好きじゃないけど買ってみた「日経ウーマン」


職場以外に行けるところをみつけなさい

って書いてあった。


あるさ。行きたいところは。

でも遠いんだよ、あまりにも。

近かったら行きたいさ、友達のところにも好きな人のところにも。


まあ、全部ひっくるめて寂しいだけっていうのはもちろんわかってはいるんだけど、ご託を並べたくなったのです。


今日は大雪。

きっと雪のせいだ。

24日。

クリスマスイブです。

なんだかんだで今年も終わってしまいそうなので、まだちょっとだけ早いけど、今年を少しだけ、振り返りたいと思います。


●1~3月

記憶がすっぽり抜け落ちていて、何をしていたかおぼえていません。


●3月11日

富山にいました。NZ地震の応援で。

そのさなか、

昼過ぎに

「石原氏、立候補表明」の速報。

「まじうけるんですけどー!」とか言ってたら、その数時間後、

「東北地方で巨大地震」の速報

「え・・・・。」

石原が揺らしたのかと思った。


その後、メールの嵐。

「みなさん無事ですか」。

会社から。友達から。

私は富山で、まったく揺れを感じなかったため、とにかく友達に電話しまくった。

みんな無事で、本当によかった。


でも、一番、大事に思っていた人からは私に連絡は一本もなかった。実際「これでもう終わりだな。もういらない」って思った。

大事にしてほしいときに、相手は私のことを考えてくれなかった。

そう思ったらばかばかしくなって、どんどん冷めていった。

あんなに好きだったのにね。残念で、悔しくて、さみしかった。まあ、いまとなっちゃどうでもいいです。


姉には数年ぶりに電話。

実はこの日は姉の誕生日。

「大丈夫?誕生日おめでとう」

それしか言えなかったけど、久しぶりに聞く姉の声に心がじわっとした。


●3月末からの千葉での地震被害取材

千葉に帰ってからは、ひたすらに津波被害の取材。

農家の悔しい思いをひしひしと感じたのは、この取材がきっと初めて。

ここで学んだ事は絶対に忘れちゃいけない。伝わってきたあの気持ちを、ずっと覚えていよう。


●5月

富山に行ったときには、すでにユッケ問題がやんややんやしていた。

でも当時の私は、そのほとんどに関わることができなくて、もんもんとしていたな。

だから、自分がやりたいことを探す場所にしようと、決めました。


●6月から

高校野球。

毎日野球。取材、資料作り、原稿、多忙以外の何者でもなかった。

朝9時~午前2時まで、ひたすら仕事。

なにもかも忘れて、忘れすぎてしまったものもあったかもしれない。

ごめんごめん。

甲子園で半月、高校球児たちと過ごした日々は、いま振り返ればすごくフレッシュで、楽しかった。

高校生っていいね。


●9月から

自分の存在意義がわからなくなってきてた。

別に私じゃなくてもええやん。

誰がやっても変わらんやん。

信用されてないんちゃう?

これでええん?

何があかんか言って


そんなことを悶々と考え、毎日怠惰に自堕落に過ごしていた。

そんな時に、千葉時代の先輩から頻繁に連絡をもらうようになって、

「考えても仕方のないことなんだから、考えるな。答えなんてない」

「お前が不満に思っているのは、お前が自分に自信を持てていないからだ。満足してたら人に対する不満なんて出てこない」。

おっしゃる通りでした。


そこから、前向きに少しずつ進み始めた。


今は忙殺される毎日で、本当に自分がやりたいことがやれているかわからない。

でも、ちょっとずつでも、やりたいことがみえてきているんじゃないかなと思います。


私生活も、落ち着くところに落ち着いた感じがします、やっと。


これからはもっと前を、先を向いて歩いていけたらと思います。


2012年、何か一つでも社会のためになりたい。


たまにやってくる哀愁の時間


毎日仕事に追われてるけど

毎日とても楽しい


ただその仕事のほとんどは、その1日だけで完結してしまうものが多くて


その日に感じた感情はどんどん忘れていかないと次に進めない


誰かが無念を抱いて死んでいっても、その気持を思って涙する時間さえない


私は本来もっと感受性が強くて、本来もっといろんな人の気持に敏感じゃなかったか


いや、もともとそんなものは持ってなかったのかな


もともと冷たくて冷淡で、偽善で、うわべだけで、人の気持ちを分かってる振りして、それだけの人間だったかもしれないけれども



そんなことをふと思った


ぐちゃぐちゃな感情


忘れて切り捨てていかなきゃいけないもの


本当は何も忘れたくない。何も切り捨てたくない。


あの夏のように、

夕焼けを見て自然と涙を流して

愛しい人に自然に思いを伝えられて思いやれて


過ぎていく時間を惜しいと思える自分に戻りたい


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静まり返ったホールにひとつ響く音を


見えるはずのない音を


追いかけたい


空気の振動が収まるまで


見届けたい



証明の落ちたホールに


私だけがいて


何の音でもいい


丁寧に響かせたひとつの音を


誰に聞かせるでもなく


自分のために、響かせたい


それがいつか重なり合って


あの夏に戻れたら、なんて


無理か。