木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

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昭和29年12月22日----。

プロ柔道からプロレスに転じた木村政彦が、当時、

人気絶頂の力道山と「実力日本一を争う」という

名目で開催された「昭和の巌流島決戦」。

試合は「引き分けにする」ことが事前に

決められていたものの、木村が一方的に叩き潰され、

KOされてしまう。

まだ2局しかなかったとはいえ、共に生放送していた

テレビの視聴率は100%。まさに、全国民注視の中で、

無残な姿を晒してしまった木村、時に37歳。

75歳まで生きた彼の、人生の折り返し点で起きた

屈辱の出来事だった。

柔道の現役時代、木村は柔道を殺し合いのための

武道ととらえ、試合の前夜には必ず短刀の切っ先を

腹部にあて、切腹の練習をして試合に臨んだ。

負ければ腹を切る、その覚悟こそが木村を

常勝たらしめたのである。

約束を破った力道山を許すことができなかった木村は、

かつて切腹の練習の際に使っていた短刀を手に、

力道山を殺そうと付けねらう。

しかし、現実にはそうはならなかった......その深層は?

戦後スポーツ史上、最大の謎とされる

「巌流島決戦」を軸に、希代の最強柔道家・木村政彦の

人生を詳細に描く、大河巨編!!
















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