昨日、夫と息子が二人でランチに行きました。

夫とは再婚なので、私の息子とは血の繋がりはありません。

養子縁組もしてないので戸籍上は他人です。






夫にも息子は二人いますが、一人は彼女を追っかけて東北へ。


もう一人の息子は一人暮らししながら自立しようと頑張っています。






私の息子も二人いますが、長男には縁を切られました。

私が実の息子よりも他人の男を頼ってしまい、再婚したことが原因です。


次男の方はこんなダメな母親の私と、月に一度以上は会ってくれます。

私の病気の回復をずっと見守り続けてくれた優しい息子です。





そんな私の次男を誘って、夫が二人でランチに行きたいと言い出しました。

私は仕事の日なのでメールでそれを伝えると、息子は快く承諾してくれました。


夫と息子が二人で仲良く、パスタやピザをシェアして食べてからウチに寄った時に、こんな会話があったそうです。



〜ここからは夫に聞いた話です〜


家の塀に飾ってある花を見て、息子が言いました。


「ねぇねぇ、おじさん。

この花はお母さんが植えたの?」


「うん。そうだよ。」





「そっかぁ。

お母さん、本当に病気が良くなってきたんだねぇ。

病気が酷い時は、こんなこと出来なくなってたもん。」


「おじさんもお母さんの為に努力してくれたんだね。

ありがとう。」


そんな会話をしたそうです。





15年前。

息子達の父親と別居したキッカケは、彼の浮気とDVでした。


育児の考え方の違いからすれ違ってゆき、

私に毎日のように

「死ね。ここから飛び降りろ」

「お前が生きていると地球の酸素が減って迷惑だ」

と言われ続けていました。


2年ほど我慢して、突然の動悸や発汗、目眩。

病院に行くと鬱病と診断されました。


すぐに別居しても離婚調停に1年以上かかり、母子家庭の不安やストレスから更に多くの精神疾患を発病しました。


当時、中学3年生の長男と中学1年生の次男が支えようとして頑張ってくれましたが。

パート先でも嫌がらせを受けたり、パワハラがあったり、時給が下がったりと立て続け。


ついには摂食障害が進み体重が33kgまで落ちました。

必然的に中学生の息子二人を残して入院しました。


自立支援からヘルパーさんも来て頑張ってくれましたが、週2日で2時間ずつの家事手伝いでは、とても息子達の世話を見るのは無理でした。


結果的に次男がアスペルガーの長男の世話と、家事全般を一人でこなしてくれるようになりました。


当時の次男は離婚がキッカケとなり適応障害になっていました。

転校先の中学校にも馴染めず不登校になりました。

そんな状態なのに、一人でよく家庭を支えてくれて本当にありがたかったです。


その後も平穏な母子家庭とはいかず、色んなトラブルに巻き込まれ、息子達には本当に苦労をかけました。

だから長男が私を見放しても当然の状況なんです。





そんな経緯があったからこそ・・・。

私が再びお花を植えたり、メダカを飼ったり。

生き物の世話をする余裕が生まれたことが嬉しかったんだと思います。



夫から息子の話を聞いて・・・。


泣いてしまいました。


きっと息子も花を見て、胸が詰まるほど喜んでくれたに違いありません。


今の夫と再婚してからも、自殺未遂をしてICUに入ったりと何度も息子に心配をかけました。



私は元々、生き物の世話をするのが好きでした。

離婚前の元気だった頃は、マンションのベランダいっぱいに花を育てていました。


亀やザリガニやメダカなど、息子達と一緒に色んな生き物を捕まえてきては飼っていました。


近くの公園でバッタを取ったり、近くの川で魚釣りをしてた頃の楽しい思い出が蘇ったのでしょうか。


躁鬱や解離性同一性障害。

パニックやPTSDで何度も過呼吸を起こしては救急車で運ばれました。

だから再び、こんな穏やかな日が来るとは夢にも思いませんでした。


まぁ・・・波瀾万丈で嫌な思い出ばかりの母子家庭時代の話は思い出したくもないことだけど。

その時の辛さや悔しさを忘れなければ、どんな苦労がこの先にあっても頑張れると思います。





息子が夫と交わした会話は、今朝の出勤前に聞きました。

駅に向かう車の中で、私は号泣してしまいました。


せっかく仕事の為にメイクしたのに、ヤバかったです、笑。





今も精神疾患で思うようにいかなかったり、沢山の薬を飲んで思考が死んでしまったりして苦しんでる人はたくさんいます。

私も紙一重でそんな人生を送るところでした。


自殺未遂は絶対にするものではありませんが、そのキッカケが好転して、今の普通の生活が送れるようになったことに感謝しています。


救急隊が到着してから何件もの病院に断られ、なかなか搬送できなかったと聞いています。

搬送された病院の医師や看護師さんのおかげで、命を取り留めることができ、夫に私の病気の辛さを理解してもらえるようになりました。


もしかしたら・・・天国の母が、私に最後の贈り物してくれたのかも知れません。

いつも私に幸せであることを感謝するように・・・と教えてくれた母でした。


薬を飲んだ日から一年半。

私も努力したけど、夫も私の為に努力してくれました。


このまま夫婦仲良く、年老いていけたら幸せだなと思います。


周りの人に感謝して生きることこそ、本当の幸せへの近道かも知れません。

私はそう思います。