八十吉。それが彼の名前だ。
彼の父が八十歳の時に生まれたから八十吉。
八十吉が生まれて程なく父は死んだ。
その後八〇〇年生きたりはしない。
聖書の話じゃないのだから。
八十吉が通う小学校には集会などに使う大きなフロアがあり、そこには直線的に配された四本の太い柱があり、その四面には八十吉よりも大きな鏡が取り付けてあった。
柱と柱の間に立つと大きな合わせ鏡になる。
八十吉はその大きな合わせ鏡に強く惹かれた。
八十吉は何かと理由をつけて授業を抜け出して合わせ鏡の間に立った。
大抵は具合が悪いから保健室へ、という理由だったが時にはトイレに行かせてくださいという禁じ手さえ使った。
彼の年代にとって授業中にトイレに行くということはすなわちウンコであり、ウンコはどのような視点から見てもすなわちウンコなのだ。
彼はそのどこまでも続くような奥行きとそこに映る数え切れないほどの八十吉たちを眺めた。
八十吉が右手を挙げると八十吉たちも同じく右手を挙げた。一人くらいは左手を挙げている者はいないかと目を凝らしたがそんな八十吉はいなかった。
何人の八十吉がいるのだろうと数えてみたが車酔いのように気持ちが悪くなるだけだった。
八十吉はいくつか年齢を重ね、その日は同級生たちが体育館で最後のスコットランド民謡を歌っていた。
八十吉は合わせ鏡の間に立って八十吉たちを見ている。
自分の肉体が邪魔をしている、と思った。この肉体がなければ合わせ鏡の本当の深淵が見えるはずだと。
同時に、肉体がなければ“見る”事ができないこともわかっていた。
目の前にいる多くの相似的八十吉たちと背後にいる多くの相似的八十吉たち。
彼はいつからかそれを憎んでいた。
八十吉はフロアの隅に置いてあった消火器を抱えていた。
八十吉は躊躇なく前面の八十吉たちに消火器を投げつけた。鏡は大きな音とともに割れ落ち相似的八十吉たちはいなくなった。
振り返ると、一人の八十吉が消火器を抱えていた。