今日は祖父の33回忌、そして母の七回忌でした。

お経を聴きながら心静かに、祖父と母のことを思い出してました。


祖父は、私が短大生だった時に他界しました。

余りにも急だったので、とても悲しかったのを覚えています。ちょうど、心筋梗塞の臨床化学検査の勉強をしていた最中だったので、じいちゃんの最期の検査データを受け取り、臨床化学のレポートに添付しました。涙でいっぱいのレポートでしたね。

とても静かな祖父でしたが、毎朝掃き掃除を欠かさず、きれい好きで、植木の手入れもよくしてましたね。お相撲も大好きで、よくテレビを見てました。時代劇もすきでしたねー。好きな食べ物はおじちゃんはなに?って聞いたら、グラタンが一番すきだな!っていってたかな。

私が小学生の時は、じいちゃんはPTA会長なども務めたりして、活動的でした。

あたたかく、時に厳しくもあり、大切に私を育ててくれました。


母は、コロナ流行の半年前に他界しました。

看護師として定年近くまで働き(内科、産婦人科、救急室など担当してました。)、その後はケアマネージャー、最後は刑務所の医療相談員として働き続けました。

温泉などでは、何度も人助けをしてたとききました。温泉で倒れる人をみては、すぐに看護して、救急車など呼んでたみたいです。

庭の草取りもこまめにしたり、手料理もがんばってましたね。お菓子作りやお裁縫も上手でした。

華道やジャズダンスなども習い事をしてたかなー。

歌もよく歌ってましたね。。。

私とはたくさんけんかしましたが、病と闘い続けながらも、よく生き抜いたと思います。

たくましい母でしたね。小さな身体で、ちょこちょこよく動いてました。真似できないですけどね。。。


あーーー、家族がお空に行っちゃったのは、やっぱり悲しいですね。でも、順番だから仕方ないか。。。

母とのけんかの真っ只中は、とても苦しかったけど、流した涙は、今後の私の人生に生きてくると思うので、きっとだいじょうぶなんだと、自分に言い聞かせてます。


家族って、なんなんだろう。って思うときもあるけど、それらがみんな学びのために集められたメンバーなんですよねー。楽しかったことも、苦しかったことも、みーーんな、体験するために、この地球にうまれたんだなー。



あんまり哲学的なことで何時間も満たしちゃうと、頭がパンパンになるから、さあて、お夕飯のしたくでもするか。。。


日が沈んで、暗くなってきたお空を眺めてると、じいちゃんや母の顔がぼーーっと浮かんでくるようです。