最近は龍🐉さんとご縁がある。
以前の私は、龍なんてあまり興味もなく、
「ご縁がある」という感覚なんて 全くなかった。
みんな龍好きだよなーと思うくらいで。
そんな私でも、先日、諏訪大社にお参りして以降、
「龍とご縁があるのかなー」
と龍が気になり始めた。
先日、車で八ヶ岳に行く途中の車中泊で訪れた、RVパークの温泉施設のお店で
ペンダント用の麻の紐を見つけて。
それは、龍神様とご縁のある神社の巫女さんが 満月の夜に浄化した紐なのだそう。
ちょうどペンダント用の紐が欲しいなと思っていたタイミングだったので
「これはご縁かな」と思い購入。
それでも私は 「いやいや、龍なんて私には似合わない」 そんな風に、
どこかで思い込んでいました(笑)
そんなある日 たまたま見たYouTubeで「龍」のこんな話を聞いたんですね。
「龍」とは「流」 つまり、流れや変化そのものを表しているのだと。
その話を聞いた時、すごく腑に落ちたんですね。
変化や変容は、私の大好物。
新しい自分へと変わっていくこと、
変わろうとしている人が好きなんですね。
諏訪大社は龍神様をお祀りしている神社。
でも、どこかでまだ龍を信じていない自分もいました(笑)
謙虚か。自意識過剰か。疑い深いか。
そんな時
先日朝のメイクをしている時 こんな言葉が心に浮かんできた。
「紐だけでは足りないのかい?
もっと大きな何かが必要なのかい?
権威のある誰かに『あなたは龍とご縁がありますよ』と言ってもらいたいのかい?
でも、たとえそう言われたとしても、
それを信じられるのかい?」
思わず、 「💦」
おっしゃる通り。
私はこれまで 例えば
「あなたにはこんな才能がありますよ」とか
「こんな使命がありますよ」とか 「こんなご縁がありますよ」とか
そんな言葉を、誰かからもらうことを期待し、
誰かのお墨付きがあれば、自信が持てる、なんて思ってた。
でも、その瞬間思ったのは、
たとえ大きな存在からそう言われたとしても きっと私はまた疑う。
「本当にそうなのかな」って。
てか、疑ってた笑笑
そうやって、誰かの言葉を信頼しないのではなく
自分を信じきれないままなんじゃないか。
またしてもこのパターンよ。
だったら、本当に必要なのは誰かの許可ではなく
「私はそう」と、自分で決めることかも。
それだけなのかもしれない。
変化が好きと言っても怖い部分もある。
無意識に流れを止めたくなってる時もあったり。
龍とご縁があるかどうか。
才能があるかどうか。
やっていいかどうか。
外側に求めるのではなく、
自分で選ぶ。
「私はそうです」と決める。
それが、自分にとっての真実になっていくんじゃないかな。
そんなことを思う、今日この頃なのでした。
