白いノートは匿名の日記帖であり、作品発表の場であり、宛名のない手紙。
FaceBookより30年以上前に生まれたソーシャルメディアだった。
ザ・パッションがオープンしたのは大阪万博の翌年、1971年。
ボウリングが全国的なブームとなってカップヌードルが発売された頃だ。
白いノートで日付が最初に確認できるのは、キャサリンが逃亡先のスイスで死んだ1971年10月23日(白いノートその4参照)。
海援隊の皆さんが訪れていたのもこの頃で、同じ1冊目に千葉和臣さんの書き込みがある(Kazuomi)。
書かれている詩は1970年6月にリリースされた吉田拓郎の「イメージの詩」。
海援隊のデビューは1972年なので、その間に店を訪れたときのものだ。
デビューを間近に控え、吉田拓郎の才能をリスペクトしながら「俺らもいずれ」と燃える3人がここにいた。
次のページにいるのはジョン・レノン?
ジョン・レノンが「イマジン」をリリースしたのも1971年。この頃の音楽シーンはただごとではなかった。

