アメーデオ・モディッリャーニが描くジャンヌ・エビュテルヌの眼窩には、
眼球が存在しない。ひらすらプレーンな青か緑かである。これでは、
緑内障かどうか、診断ができない。眼医者泣かせの画家である。
夫が亡くなった翌日だか翌々日だかに、
孕み腹で6階から投身自殺したというジャンヌは、
あんな長い顔ではない美人だったらしい。
さて、4)のバレエ「冬眠中の美女」である。プロローグに続く1幕、
オーロラ王女成人の御祝いの日である。しかるに、
あれほど領内でトンガリ物を扱ってはいけないとお触れがくだされてたのに、
愚民が城内でノホホンと紡ぎ棒を手にしてたのである。
かつて、カラボスに引きちぎられてアルシンド状になってしまった頭の
式典長は怒りアル心頭。王にシラスと、王は激怒。
「重々不届き至極につき、死罪、申しつくるものなりっ!」
である。ところが、八王子ならぬ近郊の町田、日野、立川、あきるの、
からやってきた花婿候補の4王子が、なだめるのである。
「まぁまぁ、上様。殿中とはいえ、本日はオーロラさまの御祝いの日にて候」
フロレス短気は損気にしておとなげないと気づき、王は愚民を放免するのである。
この知らせに民は喜び、花々を手に手に、ワルツを踊りだす。
♪えぇ~じゃないか、えぇ~じゃないか♪
「王様の御慈悲のおかげ参りずら」
三河の民から始まったオカゲワルツはイセイよく広まるのである。
いずれにしても、この愚民の愚挙は、
王家がその旨のお触れは出してても、厳しくは取り締まってなかった、
という証左である。適当にうまく治まってた、ともいえよう。が、
♪【ドーー|>シーー|<ドー>ラ|<シ】<ド<ラ♪
民のささやかな楽しみである踊りに、【怒りの日】である。
ときに、この「ワルツ」はこのバレエ「ジョソウ+30曲」の第【6】曲である。
再び掲げる。
 1)幻想序曲「ロメーオとジュリエッタ」(1880)
 2)「3番組曲」終章(1884)
 3)「マンフレッド交響曲」終章結部(1885)
 4)バレエ「冬眠中の美女」第【6】曲「ワルツ」(1889)
1)では、【怒りの日】出現のあと、曲は最高潮fff部をむかえ、
いっきに葬送曲へとなるのである。
神に背き、死を装った服毒という大罪を犯したのであるから当然である。
3)でも、【怒りの日】出現でマンフレッドの人生に幕が閉じられる。
女神の名が附いてる女性を裏切って捨てた罪も重いのである。
4)では、そのあとの第7曲でオーロラが登場し、
第8曲で踊り、紡錘化工された編み棒に指を刺して、予言どおり意識を失う、
のである。そして、リラ精が現れて、それは永遠の眠りではなく云々と
反予言を行なうのである。そのときはもう、
♪ドシドラ♪は鳴らず、タムタムのドラが鳴るのみである。
トンガリものに触るな、という親の言いつけに背いた不忠は罪に問われず、
トンガリものを城内で扱うな、というお触れ書きに反した罪は許されないのである。
それらに対して、2)では状況が異なる。数変奏を経たのち、
最終の第【12】変奏で「ポロネーズ」である。
ワレサきにとポロネーズがしゃしゃり出てくるわけではない。
が、ご丁寧に「ブリッラーンテ」指示がなされてるのである。
♪おぉ~どぉ~ま、カリニン、カァ~~リニン、
 カリニングラァ~ドからさぁ~~~きゃ、ポォ~ランドォ~~~♪
「ひとふでがき」がしたくなるような町だった、らしい。ちなみに、
主章のジョソウに「葬送行進曲」を配し、
その主部を「ブリッラーンテ」指示にして、
緩徐章に「エレジー」をもってきた「3番交」の終章は、
やはり「ポロネーズ」である。その舞踊章が、
「アッラ・テデースカ(ドイツふうに)」というのもイミシンである。
ときに、来る「12」日はデュパルクの命日である。
「3曲」しか残されてない数少ない管弦楽作品のひとつ
「交響夜詩/オ・ゼトゥワール(お星さまへの)」(1874作、1911改)は、
初耳のヒトにブラインド・テストさせたらおそらく誰の音楽だか判然としないであろうが、
それでもなお傷ましいまでに美しく、諦観と希望に彩られた曲である。
モディッリャーニが描くジャンヌの「瞳」のようである。