セラピスト
宇根岡えい子です![]()
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実家にもどる。
これは「降参」を意味した。
毎月の家賃などの生活費、
自己投資と称して投じたローン諸々、
支払日が近くなると、心にいや~なモヤモヤがかかり、
ドスンと重くのしかかる。
でも、お金が入ってくる目途がない。
今思えば、多少の臨時収入とやばいやり方をして、
なんとかギリギリ支払いに間に合っていたが、
よくもまあ、月々乗りきってこれたと思う。
わざわざお化け屋敷並みの恐怖体験を
「お金がない」というシチュエーションで楽しんでいた感がある。
あの頃のことを思い出すと、食費を削って
好きなことを全部セーブし、頭の中はずっと
「ない」「ない」と焦っていた。
使うとは自己嫌悪に陥いり、自己肯定感はだだ下がり。
この精神状態だと、扱ってる分野が心のことだけに
人のことより、お前のことだろとつっこまれそうで
ビジネスどころではなかった。
そんなある日、
「もういいんじゃない?」
そんな声が心の底から聞こえてきた。
「実家に帰ろう」と腹が決まった。
もう、なりふりかまっていられなかった。
一時帰省したときに、両親に伝えた。
母は、「まだ、父さんとなんとか踏ん張れるよ」という。
私は、「助けてほしい。私の都合なんよ。いったん家にもどるよ」というと、
母は、「今更、家に戻るのは覚悟がいるよ」と言った。
覚悟とは、私が介護を担い、両親を看取るということだ。
そのとき、老々介護も同然の状態の両親と
色んな話をした。
親に頼るということが、一番屈辱だった。
親に認められる人でいたかった。
のこのこと一人で家に帰る私を親に見せることが本当に情けなかった。
でも、私が帰る事によって、間違いなくメリットもあるのだ。
「かえっておいで」と言ってくれた二人に、
このときばかりは本当に感謝した。
2ケ月後、私は実家にもどってきた。
実家付近は田舎で、夜はとっぷりふけると、あたりは真っ暗で悲しくなった。
広島市街は夜でも煌々とし、繁華街から徒歩5分の立地に
意気揚々と入居したときのことを回想し、涙した。
インスピレーションで決めた大好きな場所、
大好きな部屋だった。
一人でたくさん夢を描いていた、
悠々自適な日々はおそらくもうかえってこないだろうと思うと
悲しくなる一方で、穏やかな心も取り戻していった。
つづく![]()
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