セラピスト
宇根岡えい子です![]()
![]()
親と住むという現実は、好む好まざるに関わらず、
子供のときから、親を独占したかったという願いの現実化か。
現実が、どんなに納得いかなくても、
無意識レベルでは願いは叶った状態ということ。
こうなったからには、両親ともう一度
向き合うことが必要だったのだと思う。
母がパーキンソンと診断されてから数年たち、
まだ生活全般は一人でできるものの、
家事は父が担っていて、
私は近隣の市に一人で住んでいながら、
父に任せっきりでいることが
後ろめたい気持ちを抱いていたのは確かだった。
いざ、一緒に住み始めると、お互いのこだわりで
父との家事のやり方や買ってくる食材など、
些細なことでストレスだった。
それにしても、親は、本当に自分の嫌なところを完璧にみせてくれる存在で、
嫌だと感じるところは、自分に身に覚えがある欠点だというが、
父と私はそっくりで、自覚せざる負えない。
母が元気なときは、ほとんど父に関わることがなかったのに、
嫌でも父と外出することが増え、過去一、父と関わることになった。
しみじみ感じることは、父も年をとったということ。
80代。健康であるものの、人としての寿命を考えると
いつまでも親子として口げんかができるのも今のうちで、
急にさみしくなることがある。
あるとき母を介して、
父が私のために長生きせんといけんと
言っていたことを伝えきいた。
なんだか、自分がまだ小さな子供のように感じた。
私は父に娘として、かわいいことを言ったことがあっただろうか?
家族のためにたんたんと働き、母子を見守り、あまり家のことに
口出しせず、怒っても次の日には、なにごともなかったかのように
「おはよう」と起きてくる父のことを思った。
私はすねたり、文句をいう事で父に甘えまくっていた。
「申し訳ない」という思いがこみ上げ、罪悪感がでてきた。
幼少期から、父をなぜか心の奥底でじゃけんにしてきたのは、
母を父にとられたくないという未熟な子供心で、
無意識下では、じゃけんにしている罪悪感は相当なものだと思う。
罪悪感は自分を本当に幸せにしない感情。
私は幸せだと感じていても、まだ成幸し、
社会の貢献度としては満足できていない。
でも、ごめんなさいと心から思えるようになると、不思議と
感謝がわいてくる。
私はきっと、父と心で和解するためにかえってきたんだと解釈し、
娘として、これからは大人の心で、できることをしていこうと思った。
つづく![]()
いつも応援しています
EIKO![]()
LINEお友達特典![]()
①3年後の未来がわかるあなたの魂からのメッセージ
兄弟姉妹診断
バナーをクリックしてね![]()
スタンプを一つ入れてくれると喜びます![]()

