坂井は人気者だ。

話すときはいつも笑ってるし、顔もまあまあかわいい。

どんなやつとも、わけ隔てなく、ってやつ。

こびてないから、男子からもやっぱ女子からも人気だ。


と、思われているけど本当は、

あいつに友達がほとんどいないことを俺は知っている。


今日、体育祭の二日目にして、

坂井はすでにいない。

あいつは一日目のパン食い競争に出場し、

クラス全員の応援と笑いをさらって、

そのまま消えた。


そういうときは、いつも4階の空き教室で音楽を聴いている。

教室の戸を開けるとやっぱりいた。

俺に気づいてイヤホンを外しながら、さぼりはいかんぞーと言っている。


「お前、協調性はどうしたよ」

「そんなん、ないよ」

坂井はにやにやしている。

「村田よ、あたしが恋しくて来てしまったのか。」

かわいいやつだなあ、って言いながら、

また机の上で教室の壁を背にして体育座りをして、

足に乗せている雑誌に目を落とす。


「写真撮る時、お前がいないって女子が騒いでたぞ」

坂井が座っている机の、前の席に軽く腰掛けるようにして立つと、

坂井から少し甘い匂いがした。

「いいじゃん。写真撮る時以外、私がいなくても問題なかったでしょ」

「まあ、ね。でも、ほら、」

そういうと、坂井はまた、雑誌を見たままにやっと笑っていた。


「お腹が痛くなんだよねー。なんだかわかんないんだけど。

私も、みんなで写真を撮ったり、できる子になりたいなーとは

思うこともありますよ。」


俺は、そんなん思ってもねえくせに、と言って笑った。

机に座っている坂井の方が、立っている俺より、

少し目線が高い。


「戻んねえの?」


にやにやしたまま雑誌を読んでいる坂井の、

黒い髪に触る。

伸ばしてるって言っていた気がする。

毛先から、少しずつ手繰るようにしてあごのあたりまで掴むと、

ようやく坂井は雑誌を読むのをやめて、

俺の学ランの腕のあたりに触って掴む。


そして、俺の顔に顔が近づく。

キスすんのかと思うと、唇はそのまま耳元にいき

「一緒に帰ってくれる気、あるから来たくせに。」

と言って、そのまま俺の頭を抱くように腕を後ろにまわした。

そして、

「よかった。さびしくて死ぬかと思った」

という口癖をまた呟いた。