さっきまで明らかに苛立っていたくせに、
彼は大ところに立つ私の後ろまで歩いてきてちょっかいを出し始めた。
「ちょっと、包丁持ってるのに。あぶないってば」
ちょっと、には不機嫌さがこもっていたけれど、語尾には甘さが混じった。
言ってもやめない彼と、くすくすとう笑いながらじゃれあった。
あ、と声をあげて左の人差し指を握って、指を切ったふりをしてみせた。
「よし、みせてみて」
嘘とわかっていて彼が手をとり、指を口に含んだ。
後ろを振り向くようにして、
「もう、ちょっと」
と一度だけあらがって見せたが、そのあとの言葉は熱っぽい息にかき消されるようになり、
何も伝えていなかった。
彼の左手がTシャツの中に入り、脇腹のあたりで動いて私をあおる。
ん、あっ・・・
腰に移動した左手の親指がくびれをなぞるとくずれるようにして、冷たい床に倒れた。
そのあと彼は、何度も好きだよといって名前を呼んでいるようだったけれど、
目をつむり、欲情に使った私には、
遠くで鳴り続けるテレビの音と区別できないほどだった。
私はよほど性欲が強いのか、こうしてやらしいことをすれば、
大概の事をわすれてしまった。
あとには、絶頂の余韻と変な後味だけが体に残った。