私は、青春ものが好きだ。

それも、さえない青春もの。


おそらく、青春し足りないのだと思う。


それから、高校、という建物が好きだったことも関係しているだろう。

うちの高校は古くて、天井が低かったり、

図書室がいかにも、であったり、

とにかくでかくて、ザ高校という建物であった。

最近のデザインなんとかというようなものではなかった。

教室からは広すぎるグラウンドと空と、製紙工場の煙しかみえなくて、

その閉塞感がたまらなかったし、

さびた鉄の窓枠が古い映画でみるような、

昭和特有のデザインであったりして、

それらは私の女学生気分をさらにあおった。

なにより図書室の本の焼けた感じ、

隣あった司書室の、学校における治外法権というか、

エスケープにはちょうど良く気が抜けた司書の先生と、

コーヒーと和菓子と黒革のソファが、

思春期の憂鬱にもれなくはまった私には、

「憂鬱な私の特別な場所」

というべたな空間として人生において必要不可欠だったと思う。


真面目だけど、不純で不良ですこし不幸、

という健全で、振り返ればもっとも一般的精神構造を

すくすくと育てるにあますところがなかった。


しかしそれでも私は、

窓ガラスを割ることも、屋上に忍び込んで花火をすることも、

最後の試合を捨てて転校する友人が乗る電車を走って追いかけることも、

秘密の友達もないまま卒業したから、


まだまだ青春したりないのだ。


だから小説や映画で疑似体験をする。

あの頃より、

ずっとピュアに世界を見つめるようになったけれど、

消えた霞は二度と取り戻せないように、

私は青春時代が恋しい。