8月24日 18:30開演
東京文化会館
日付が変わって昨日見てきました。
もう一回芝本さんを見るのを楽しみに行ったのに、今日は出てませんでした。どういうこと?誰か人選した人、分かるように説明してください!!
まぁ、ゴネてもしょうがないので先へ進みます。
今日の内容はAプロとダブってるところも結構ありました。でも2回見ればまた違う発見があるのがバレエのいいところ。特に前回も気になってた"...Inside the Labyrinth of Solitude "ですが、ただもがき苦しんでるだけじゃなかったんですね。途中で何回も何かを渇望するように右手を宙に差し上げて、それを左手でググッと戻す動きがあるんですが、あれはたぶん外からの力で無理やり戻されてるんでしょう。ところが一番最後に客席に背を向けて同じ動きをするんです。しかしその時は左手でゆっくり戻すんです。それが自分の意思で戻してるように見えました。そして振り返った顔は何かを達観したような穏やかな表情。きっと迷宮から逃げることより、迷宮の中にいる自分を受け入れて、そこから何かを悟ったんでしょう。背を向けたまま舞台の奥にゆっくり歩いていく姿を見た時は何か背中にゾゾッとするものを感じました。尺の長さも最初から長いことがわかっていたので、今回は気になりませんでした。
"Movemento of the Soul"も2回目です。真っ赤な背景にシルエットで登場。踊っている人が黒人というせいか、なんとなくアフリカの大地を連想しました。踊りも生命の根源とか原始的なエネルギーを感じさせます。それがダンサーが床に伏したのを機に一転して緩やかな音楽に変わり、まるで植物が芽を出すように手が伸びてくる。解説には「感情がもたらす経験を表現した」とありますが、私には何か生命の潮流のようなものに感じられました。
あと気になったのはマルティンとバナの"Factum"です。幕が開くとマルティンが椅子に座っています。この人は顔の彫が深いので照明が当たると深い陰影を見せます。それがすごく雰囲気があっていい!!もう座ってるだけで絵になります。そういう人はバレエダンサーには少ないような気がします。バナは離れたところでひとりで踊ってます。途中、オーケストラピットが一段低いステージになってて、そこまで降りて踊ります。その間マルティンの方はふたつある椅子の自分が座ってない方の椅子を使って動きを見せてます。この二人は絡むことはあるのかと思ってたら途中からちゃんと絡みました。そして天井からは無数の椅子が・・・このセットは"I have been kissed by you..."にも使われてましたが、その時には意味が分からず、ただの舞台装飾だろうぐらいに思ってました。しかし今回は意味が分かります。椅子はきっと「人の不在」の象徴でしょう。隣の椅子に座ってるはずの人がいなくて、遠くで踊ってるんです。途中で一緒に踊るのは過去の記憶から離れられなくなったからでしょうか?しかし頭の上からのしかかってくるのは、その人が今はいないという「事実(Fuctum)」。マルティンはスペイン舞踊の経験もあるそうで、動きの随所にそれを感じさせるところがありました。ちょっと独特の世界観です。
「ランデヴー」はエトワール・ガラでも見ましたね。男は「運命」からナイフをポケットに入れられますがその後妖しい女に出会います。まるで自分の心の隙間を埋めるかのように、女を渇望する男。女は完全に主導権をとって男をリードしますが、やがて二人は激しく絡み合い・・・と思うと次の瞬間、女は男のポケットからナイフを抜き取って男の首を切り裂きます。何でポケットのナイフのことを知っていたんでしょう?女は最初に登場した「運命」の別の姿だったのかもしれません。結局男は最初から死ぬ運命だったんでしょう。しかし最後に一瞬とはいえ求めるものが得られたのは、「運命」の思いやりだったのかもしれません。
クラシックではスミルノワのペアとヌニェスのペアがよかったなぁ。スミルノワは「ファラオの娘」と「ダイヤモンド」でしたが、彼女の踊りには凛としたところがあって気高さを感じさせます。ザハロワもいつかは引退するでしょうが、その後を受け継ぐのはこの人かな? 連続フェッテもぶれることなく脅威のハイテクニックを見せてくれました。
ヌニェスは「ジゼル」と「ドン・キホーテ」でしたが、この人のジゼルはどこか神々しいものがあります。今回はガラでしたが全幕で見るとそれがいっそう良く分かります。「ドンQ]は二人ともさすがのテクニックで客席もすごく盛り上がってました。私も全力拍手です!
今日も(昨日ですが)皆さん早い段階でスタオベしてましたね。その価値はあったと思います。