人をばかにすることなんだと思う。
自分が人を馬鹿にして、
それで成り立つ自分が得したという
そういう慣れや、
変な習慣が、
どこここにも誘惑があって、
私が弱いゆえに、騙されやすく、
また、騙されることをバカにされたり
それでも自分を諦めなかったから、
今の私がいるから、
人に理解されたいなんて思っていない。
人が理解できることなんて知れてる。
そんなものにたいした価値はないし、
リスクもなければ得られるものも知れている
私が理解されなくても、
私が自分を知っている、
知ろうとしてくれる人たちにも、
受け入れられてくると思う。
人は一人だから寄り添える
という意味では、
私を同じではないと言いよる人には
欠けているのは本気かどうか
であって、
あなたも私も同じだし
不平を言う人を
潔くないだけにしか見えてなく、
厳しい人間でもある
だから煩わしさを抱えてるヒマがないのは幸いだったりもするわけで
こちらは気にしていない差別どころか選別すらしていない
気づくのは自分からしか気付けない、だけのこと、
なにか言われても言わせておけば良いスタンス
私が困っていることはあなたには関係ない、
と言っておきます
あなたが落ちぶれても、それはあなたのせい以外の何物でもない。
人は自分の行動に責任を持てない人間は大人とは言わない
私は助けてなんて言ってもなかったわけだし
執着してもムダです