ジャズの音楽は後から紡ぎあわせた単一の音の集まり。

どうしてもっと何もかもが単純じゃないのだろうか。
と思う。

楽しいことがないと生きようがない。
そんななかでジャズの音楽が快楽を与えてくれるのは、
クラシックにはない即興とも言われるある種の大雑把さが、ひとつの曲になったときに奏でられるメロディー。

それはなにか物事をなすときにも同じようなことが言える。
一つ一つの事柄を一つ一つづつ生真面目に仕上げていくのは大変な作業で、
秩序だった緻密さが求められればられるほど、それをなすことは困難になってくる。

人間と言うのは計り知れない能力を持っていて、成長期に才能を開花させる能力があるけれども、智能が高くてずば抜けた天才と言える人がいたとする。
その人は果たして、全ての事柄を全て会得するのに几帳面に物事を把握していくのだろうか。

それだけだとスーパーマンにでもならないと無理だと思う。

でも実際は努力や何らかの才能でやってしまう。

人が羨む天才が何故簡単にはなし得ないことを出来てしまうのか。

それは並大抵じゃない努力があってこそだけれど、
ある漠然としたイメージを自分の中にいれていくことをしているんじゃないか。

記憶力等には限界がある。
それだから、記憶する対象に何らかの意味付けを行うことができるから長い長い言葉を覚えたりもできるんだろう。


体系付けをして。

それでもやっぱり凡人と天才との間には埋められない差があるとは思うから、簡単にはいかないことはあるけれど。

なにかをやろうとするとき、一つ一つを一つづつやっていくのは無理があることをするとき、
全体を茫洋とみていくうちに、後からまとまりを得ることをした方がやり易いというか、常なんだと思う。
これは、
日常生活を営むときにも言えることで、
なにかをなそうとするときには、ジャズの音楽みたいに後から紡ぎ合わせていくようにリズムをとって作り上げるメロディーのような、
所謂勢いがないと何にも楽しくは体得できない。

勉強や仕事、日常生活を送るにも抜け感があった方が会得するのに好都合と言うことがあると思う。



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