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Mido-street Journal

日々起こるできごと・思うことのヒストリー

現在自民党に所属している麻生太郎は精神的にまいってしまっていますね。
給付金の受け取りや郵政民営化の発言をみると、総理大臣の立場の場合と麻生個人の場合があり、ブレているというより精神的に結構やばい状態ではないでしょうか?そうでないなら、かなりの無知と思われます。
だいたい施政方針演説で『民主党、民主党』と人のことばっかり言って、何もできなさそうなボンボン総理の印象は強かったですが、声質のきたなさから官庁ぶっつぶしくらいするかと思ってたんですが結局意志の弱さ、国のありかたの理想のなさから官僚にだまされて終わった感があります。
国民としてはもっと人を見る目を高めて議員の選び方を考えないといけない時期かと。自分が『議員になるなら』というくらいの目線が必要なのでしょう。
政府に期待することって、安全、平等、成長なんですよ。
主語を書いてないんで誤解を招きそうですが、これらのバランスなんです。
日本の政治には主語とバランスが圧倒的に不足しています。
有権者としても、もう少し頭がいい人より、使える人を見極めていかないといけないですね。
経験からして、頭が使える人は過激に見えて、使えない人はすぐ怒る傾向があります。
麻生氏は過激なんかと思ったらおこりっぽいだけでした。
本日朝
腹筋15回
腕立て15回
ワイハーいくまでに腹筋割れるかなー?
いいこと言ってました。
今の経営は株主中心の決算だけを気にするマイナス経営、悲観経営だと。
会社の決算報告って事業内容の解説はあるけど、どんな社会を作ることを目標にしてる事業かがわからないんですよね。結局は利益をあげるために何をしてるかということしか言わないんです。たしかにちゃんと利益を出すことは大切ですが、お金で表せない理想や目的を達成しないといけないと思います。しかし大きい企業ほど理想や目的が希薄なんですよね。
責任は重いですが数字作るだけなら思い切りだけの能力でできます。
経営を舵取りというのであれば、経営者には前向きな決断をできる人になってほしいものです。
裁判員にはどういう使命があるか考えました。裁判官からの責任転嫁先とならないためにもはっきりさせる必要があるかと思います。
本来法廷は、『疑わしきはは、罰せず』に基づき検察が犯人であることを証明できたかどうかを確認する場であり、そのうえで量刑を決める場であります。しかし、今の裁判は証明の確認より量刑のさじ加減に偏っている点を是正することが主旨ではないでしょうか?
よって、裁判員は客観的に証明プロセスを評価することを支援する役割で、量刑などの決断は裁判官が決断するものではないでしょうか?
そう考えると審議の仕方や論点整理の方向も変わってくるのではないでしょうか?残虐なシーンのリアルな描写は無意味です。インパクトだけで証明を支える根拠にはなりません。
論点はいろいろありますが、マスコミは批判だけでなく、もう少し論点を整理して報道してほしいものです。