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しがなおゆきのブログ

福島県二本松市の安達運動場仮設住宅より発信中

国民の立場で原発を考える会の報告


一月十六日一時より二本松市安達運動場仮設住宅に有る A集会場で開かれた。

第一部 チイノブイリ ハートの記録映画のDVDの鑑賞。

第二部 除染をなぜしなければ成らないかに付いての私の見方を発表させていただきました。

準備不足や宣伝不足で参加者は十人も居ればと見ていたが 二十人の参加者が有った。

この参加者がDVDの放映を食い入る様に見て、私の話もたち去る事無く聞いて居た。

避難民が中心て有ったが どうやら新鮮に見えたようである。

国では国民に真実を下隠しにしているが、国の避難民へになされて居る情報コントロールにより  

国民が知るべき権利が届いて居ない。

参加者は私のささやかな情報に驚きを持って聞いて居た。

来月もとの声に 体調を見て開く事を約束して 原発を考える会を終えた。


 ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松仮設より


キノコの放射能


先日友人が来た。

山菜取りの好きな友人で春はワラビ、秋はキノコ採りと年間通して山を楽しんでいる。

キノコ採りは神業の領域で 秋には夜の明ける前山に入り 取ったキノコを下ろして仕事に出かけるとゆくと言う。

特にいのはなのキノコは右に出る者が居ないと言うほどで有る。

その友人が昨年秋 取って来たいのはなの放射能を調べてみたら二万八千三百ベクレル有ったと言う。

彼は以前、津島地区に住みホウムグランドは あの放射能に汚染された津島地区で有る。

放射能に汚染された地区から取った物で有ろうが 私には専門的な数字に思えて来るが 彼の友人話が 小倉沢で取った マツタケは八万ベクレル有ったと言う。

この様な山を国はどのようにして除染しようと言うので有ろう。

この山に降った雨や雪が泉田川を通して町に流れて行くので有る。

町民はこの水の恩恵を受けて生きて来たので有る。

八万ベクレルのキノコを食べろと言うので有ろうか。


 ふくしま原発避難民・しがなおゆき・二本松仮設より


   国民的立場て原発を考えて見ませんか


 一月十六日、安達運動場の浪江町仮設のA集会所で午後一時から二時半まで開催いたします。


第一部、チイノブイリハートのDVDの鑑賞

第二部、除染はなぜするのか


参加費無料


行政から切はなれた視野の話にしてまいりたい思っております。

電車は東北本線安達駅、タクシーで十分ほどで有ります。

明日の日本を見空いた話に成ればと思っております。

私の体調も有りますが月に一度の継続を心掛けたいと思っておえります。

より多くの参加者をお待ちしております。


  ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松仮設より


明けましておめでとうございます。

 長いこと休んでしまいました。

かき出しした 膀胱のしょうが大きく成り 抗がん剤の投与と成った。

年末、二十八日 日帰りの投与で有ったが 副作用に苦しめられ正月を病院で過し 一週間前に戻って来たが ベットの上の暮らしと成った。

やる気は有るけど体が付いてこん。

病院の暮らしは実にゆったりした充実した時間で有った。

その貴重な時間の中で原発を考えて見ました。

私には大きな疑問が有った。

生産性を上げることの出来ない 野地、町から撤退した企業、除染してまで帰る意味が何処に有るだろう。

今も 四号機は小爆発をし 放射性物質が放出して居ると聞く。

作業現場ではアラームを作業現場の手前の机の上に置いての作業と聞く。

現場は 今法律を守るゆとりも無い。

現場での作業員が不足しる。

その作業員の補充が不可欠で有る。

除染をして返すと言う事は 原発特攻隊基地を作り、原発特攻隊員の補充なので有る。

国は事故の起きる事を想定し、起きたなら現地住民の命で押え 国を国民を守ると決めて居た様である。

事故が起きても流れる様に事故処理を進め、責任の取る官僚も居ない。

これで良いので有ろうか。

国内の五十か所の宿命は福島と同じ定めを取らされるので有る。

 ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松より

妻と原発事故よりの逃亡より

我が一族の存亡がかかって居ると言うのに 妻は何処へ行ったのか連絡が取れない。

仕方なく娘に車で迎えの依頼を擦るが 娘は一族の存亡よりも 逃亡のためのガソリンを優先する。

子供達へ頼むことの無い私の最後の頼みで有ろうと思うのに 若いとは切羽詰まった親の気持ちを察することが出来ないのか。

六キロは有ろうかと言う川俣高校まで歩く以外に無く成った。

浪江町の避難所と成って居る川俣高校へ行き 受け入れの承諾を取らなければ成らないので有る。

若い頃 足には自信を持って居たが 寄る年波は急いで歩くだけで 息切ればかりで足がもつれる。

小走りに走っては歩くが心臓は張り裂けんばかりで有る。

避難所に近づいた道路を 娘と次男がのんびり話しながら迎えに来る。

大人気も無い私で有ったが 無性に腹が立ち 話すエネルギーも無い。

意味の無い迎えに腹を立てて小走りで走っては歩く。

こうして高校の避難所に着き、話をして承諾を取ったので有る。

妻が同室の仲間から 事情を聴いたので有ろう 迎いに来た。

こうして一族の危機は避けられたが、子供達との間に溝が出来た。

双葉町の町会議員の「一緒に行こう」「兄弟を頼っても二泊三日だ」と言う

「四日目には迷惑がられるよ」と言われたが 溝の出来た子供達で有っても 子供の側で過せる事は何よりで有る。

ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松仮設より

原発事故による妻との逃亡より

浪江町に棚塩と言う地区が有る。

太平洋に面した高台で 昔、浪江町一園の米を積みだしたと言う天然の港に隣接し、荷を船で運ぶ原子力発電所立地には最適で 東京電力でも第一の候補地に挙げたが 地域住民の反対に遭い 双葉町に建設したので有る。

原発立地に適した地だけに その後 東北電力が四十年を掛け 用地買収を計りながら 完成を見なかったので有る。

そんな事が有ってか 浪江町に恨みが有ってか 事故が起きても連絡を怠り、双葉町に 避難用のバスをいち早く用意し 浪江町への連絡が付かなかったのは連絡網が機能しなかったと言いながら 浪江町に住む 東京電力社員の家族には迎えのバスが来たので有る。

重大事故を東京電力は起しながら 地域住民を無視し 再稼働に向けての努力の中で 協力を拒んできた私達を金の力で押え込もうとの 目論見が見え隠れする。

人口が一番多いが 受ける恩恵が少なかった浪江町住民に詫びる事無く 私達に協力しなかったとばかりの仕返しで有ろう。

巨大な資本力とは道理も常識も変え 国、官僚、行政を巻き込み被害者が加害者に擦る事も可能なので有る。

何向き東京電力の双葉町への力の入れようは 想像を超えて居た。

物資の流れもさることながら 双葉町に 双葉町民の暮らしが難しいと見ると埼玉県へ避難で有る。

東京電力の資金力は無理も通るので有る。

埼玉県への移動を朝告げられ 午後三時には出ると言うのである。

双葉住民で無い 私達で有ったが 誘を受けるが こっちにも都合が有る。

同じ川俣町で過しながら 家族と離れて暮らす事へのリスクは大きく 福島県と埼玉県と成れば、永久の別れを連想される。

家族が永久の別れに成るかと大切な時 車は買い物で連絡が付かないので有る。

  ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松仮設より

妻と原発事故からの逃亡より

娘の難病は 目が覚めれば狭い暗い所に逃げ込み 起きて居れば頭から勢いよく倒れ、頭蓋骨を割らんばかりで有る。

そんな娘の為 親は片時も離れずの介護で有る。

自宅に居れば 犬と一緒の暖かい部屋で暮せたで有ろうに 夜が明ければ旦那さんは犬の元へ出かけ 家族が離れて過ごすので有る。

以前 旦那様は 原子力発電所に勤め 高給取で有ったが 定年と成り何不自由ない暮らしの中に居たが 奥さんの用事が無いかぎり、犬の側で有る。

娘のために用意した部屋はエアコンが付き 危険の心配の部屋で犬と共に暮らして居たで有ろうが、病人のために用意された部屋で有ったが危険が潜んでいる。

暖房設備が有りながら 回せば放射能で汚染されまいかと止め、 厳しい寒さに耐えきれに回すのだった。

私達は原発立地地に有りながら、放射能を理解して居なかった様である。

原発事故により 放射能を恐れ 流通が止まる中、東京電力の資本力で有ろう  物資が大型トラックで二台、三台と毎日運ばれるのである。

水、パン、カップメン、チリ紙と多種多様な物で有るが、運転手は決まって放射能対策で有ろうマスクで完全防備し、手伝いを受け荷を下せば ひと時も早く立ち去るのだった。

後日の話に成るが、いわきナンバーの車がガソリンスタンドで給油拒否されたり、いわきナンバーと言うだけで迷惑がられるが 東京電力の双葉町に対する力の入れようは異常で有った。

七千人の町に百台のストーブを送りながら 二万一千人の浪江町に三十台のストーブである。

ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松仮設より、

妻との原発事故による逃亡

体調の悪い体で 頼りにする奥さんの姿も無く 迎えに来る事だけをひたすら待った三日間 奥さんに逢えない苛立ちと 心細さで 止まった時間で待つ日は長く、迎えに来ると信じながら、ひたすら 耐える時間に苦しんで居たので有ろう。

奥さんの顔を見るなり 再会の喜びの表現を 手や腕を噛んだと言う。

夫が痴呆を患っても 夫へ寄せる信頼は厚く、同じ質問を何度受けても嫌がる事無く同じく答えるので有る。

仕事をお越し 成果を上げた経営者は 自分達の創いてきた仕事は 後継者に引き継ぎたいと願うもので有るが 大型店の進出で酒屋の将来に未来が無いと息子たちを東京への就職を進めたと言う。

女親で有れば 子供を遠くへ手放す事は身を切るより辛いもので有るが 夫を信じ夫に従い 老後をジー、バーで過す事に従った様である。

夫が病を患っても 夫への信頼は揺らぐ事無く無従う姿に 私は人生の理想を見た。

子供達も親の苦悩を知って 東京から駆け付け、夫探しを手伝ってくれたと言う。

老後の理想を見た話が終わった処に 娘を連れた六十を過ぎた家族が同室を願って来た。

二十歳に成ろうとする娘さんは難病で、目が離せないと言う。

娘の家族には家族の一員として犬を飼って居た。

一緒に避難して来たが 犬との避難場所は無く まだ真新しいワゴン車で飼い 時間を見つけては少し離れた車に行き 面倒見て居る様で有る。

夜に成れば 寒かろうと毛布を掛け、お腹が空けば ドックフード、寒さの中、散歩と 愛情を犬にそそぐが 状況のハーク出来ない家族は車のシートを噛むと言う。

そんな悪さを笑いながら奥さんに伝えるのだった。

報告を受けながらも犬への同情から 笑って報告を受けるのだった。

同じく避難しながらも ひもじさに堪え、小雪の降る寒い夜を 車の下で車を守る 犬が多い中、過保護にされながら不満が有る様である。

 ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松仮設より

妻との逃亡より

後先も考えずの妻の行動に 今夜の宿を失ったと案ずる私に 消えることの無い ストーブのブルーヒーターの周りに置いて有る長椅子に 伯母を横に「見て居て」と私に言い残し 何処かへ行った。

間も無くすると妻が戻ってきて「少し待って居て」と言いストーブで体を温める。

間も無く案内されたのは会議室に使うで有ろう大きめの部屋だった。

慌てて準備したのであろう 会議用机が壁に寄せられ その上にダンボールに万国旗やバトミントンのラケットや国旗やなんやかんや入った箱が四っ、五つ乗って居た。

床はコンクリートに絨毯が張られて居たが寒さが下から攻めてくるい。

そこへ会議用机で伯母のベットを作り、毛布を二十治って引き伯母を横にすると 妻はダンボールの箱を探し回り下に引き 毛布を引いて 寝る準備である。

ダンボールを二重に引けば へたな敷き布団より暖かいので有る。

私達が夜具に包まろうとするところへ 同室を願って双葉で酒屋を経営してると言う六十過ぎの夫婦が来た。

脳梗塞から来たのか痴呆を夫は患い少し足も不自由で有った。

旦那さんを日帰りデーサービスに送り出し 奥さんが店を切り盛りして居て避難勧告を受け 驚き 施設に行ったが 職員共々夫や仲間の姿が無かったと言う。

必死に探し回るが 消息は掴めず 友人知人親せきと尋ね歩くが夫の消息は掴めず やっと十三日の午後に見付けたと言う。

やっと探し当てだ時 夫も不安と心元の無さと逢えぬ悔しさとで 奥さの顔を見るなり 所構わず噛んだと言う。

 ふくしま原発事故避難民・しがなおゆき・二本松仮設より

十二月二十一日、金、 友人との再会

実に目まぐるしい 一日であった。

九時から十一時まで 安達センターで町への 帰宅に関する説明会が有った。

私達の説明会は明日 郡山で有ったが明日は仲間のカラオケで有る。

理想的な仲間の集まりの この日だけは はすしたくない。

安達センターは 少し歩くが 歩いても参加出来る距離であった。

仲間が電話で安達センターでの参加の承諾を取ったと言う。

仲間、六人で参加した。

今朝より尿の出が悪く 私は 苦しんで居た。

かかり付けの相馬のせんせいに電話で相談すれば 一時半までと言われたが 冬の峠超えは危険が絡む。

その旨 伝えると 安達のクリニックを紹介された。

二時までとの指定時間に合わせて診察を受ける。

三時からは 眼医者の予約が入って居たので有る。

尿道へホースを差し込み、尿が出た時の爽やかさは 感謝の何ものでも無い。

眼医者の予約に間に合ったが 瞳孔を広げての検査は四十分も余計な時間がかかつたので有る。

妻の電話に会津に避難して居る 隣組の友人が用足しの帰り、四時半頃寄りたいと言う。

少し待たせてしまったが 逢う事が出来た。

信頼の寄せる友人との情報交換が必要と成って来た。

東京電力も組織の無い者、無知な者、押しの弱い者の保障を削り始めたので有る。

そんな中での友人との意見交換は 自分の明日を占う事でも有る。

情報交換をした友人は雪の会津に向かって帰って行った。

町の説明会より意義ある 充実した時間で有った。

  ふくしま原発事故避難民しが なおゆき・二本松仮設より