特に重要なことは、旧約・新約聖書やコーランなどでは、この教えのみが正しい、他の宗教はすべて邪教であるから絶対に信 じてはならないとはっきり説かれていることである。 本当に、万教が同根であるなら、神が何故「私以外の神はすべて悪魔邪神であるから祀ったり礼拝したり信じてはならない」と教えるであろうか。しかも異教を信仰した人には恐ろしい刑罰が定められている場合も多いのである。
そのような重大な問題は何一つ説明しようとしないで共通点だけを抜き出して、この通りどの宗教も同じようなことを教えているのだ、と宗教に無知な人々を騙すのは非常に大きな罪である。
『[人類は「宗教」に勝てるか 一神教文明の終焉 』 (NHKブックス) 』町田宗鳳(2007年)
この本で強烈に批判されるのは、自分以外の神や真理を赦さない排他的な宗教としての一神教だ。
「宗教は愛と赦しを説くが、人を幸せにしない。人類社会を平和にもしない。なぜか。宗教とは人間の勝手な思惑で作り上げられたフィクションに過ぎないからである。それが私の長い宗教遍歴の結論である。」(P9)と著者はいう。 世界史を少しでも学べば、宗教の名において人類が犯してきた戦争、残虐の数々に誰もが唖然とする。とすれば、この本のタイトルも、著者の結論もまさに真実をついているだろう。「組織宗教」「教義宗教」は、自己の教えを唯一正しいものとするかぎり、他の信仰を排除し、憎むのである。いくら愛と赦しを説こうとも宗教戦争が繰り返され、無数の人々が死んでいった所以である。
本書の前半では、宗教の名の下に、とくにユダヤ教、キリスト教、イスラム教という一神教の名のもとにどのような愚行が繰り返されてきたかを具体的に書き連ねている。この本の素晴らしいところは、抽象的になり勝ちなテーマを、あくまでも具体的な事例に即して論じているところだ。それによって「宗教は人を幸せにしない」というテーマが、説得力をもって裏づけられる。
たとえば、アマゾンのインディオたちにキリスト教を布教するために、ヘリコプターでインフルエンザのウィルスを沁み込ませた毛布を上空からまく。それを使ったインディオが次々と発熱する。そこへキリスト教の宣教師がやって来て、抗生物質を配る。たちどころに熱が下がり、自分たちの土着の神々よりも、キリストのほうが偉大な神である説き伏せられてしまう。インディオが改宗するとクリスチャンを名乗る権力者たちが土地を収奪していく(P51)。ヘリコプターとあるから、これはコロンブスの頃の話ではない。現代の話だ。
『宇宙学 下巻』(S37年刊)
より 宇宙創造神は我々地球人の祖先達を優良な星界からこの地上に洗心の為にお降ろしになり、地球という洗心の道場に於て心洗いに努めて真の幸福を得るようにとお図りになったのであるけれども、元々強い我慾に駆られて洗心を怠たり、神とは逆に地球人の不幸を企図するオリオンや土星の悪魔の為に付け込まれて遂にその支配下に陥って3,000年、今日に及んだのである。
そして、地球人全体の心を腐敗させる目的で、地球人の中心である日本人の心を腐敗麻痺させるのが目的を達する早道であると考えて、その旗頭になる人物として谷口雅春氏を選んでこれを操り、具体的な行動を開始したのである。
谷口氏は記憶力と思考力に於ては非常に秀れた頭脳の持主であり、土星の悪魔にとっては全くお誂え向きであった。土星の悪魔の手中に陥ったとも知らない谷口氏は、キリスト教仏教神道などあらゆる宗教の教えの真髄を取捨編集して「生長の家」なるものを編み出したのが、今より30余年前のことである。
そして、神を求めて「神想観」なる修法を創始し、その修法中に霊感で得た言葉を神示であるとしたのであるが、これは土星霊が宇宙創造神の教えを盗んで、さも神示であるかの如く粧っているのである。「生長の家」では住吉大神塩堆神などを祭神として祀っているが、全て邪神であることを立体科学的に見て私ははっきり知ることが出来たのである。
「生長の家」は万教帰一を標榜し、現代人の好みに迎合してその教義も文学的に表現されており、キリスト教仏教その他の教団の信者が気易く受け容れられるように谷口氏は腐心して書いているのである。宇宙創造神と波長を合わせることの出来ない、慾の深い感激家が飛び付くように凡ての面にあらかじめ十分に考えられた教義と様式をもっている為に、日本の津々浦々まで、遠く海外にも教勢が及んでいるのである。
谷口氏は次々に著書を刊行し、縦横に美辞麗句を駆使して如何にも天下の生長の家であると云わんばかりの自負心を言動の上に横溢させており、多数の信奉者達も同調して賛嘆を惜しまないのは、土星霊の企図が成功を収めつつある姿であって、信奉者達は勿論、谷口氏自身がそのような土星霊の肝計とは知る由もなく、悪魔の操り人形である谷口氏、近年以来、世界人類光明化運動と呼称して広く世界平和を提唱しながら、その背後の悪魔霊を世間に撒き散らしている恐ろしさを誰1人として知っていないのである。
谷口氏が正しく宇宙創造神と繋がった立派な人物であるならば、神の取り次ぎの器械としての私について聞き及んだ時、決して私を低級霊媒者呼ばわりなどしなかった筈であって、30余年を順調に歩んで来たかのような自己を買被り、今までのオリオン文化には通暁していても、宇宙的なことについての無知をも顧みないで私という存在を見誤まったところに、谷口氏およびその背後霊の命運が尽きることになったのである。
栄えるようには見えても、悪は決して永続きするものではなく、谷口氏もその例外ではない。今まで宇宙創造神と波長を合わせ得るような人物が現われなかった為に、そうした悪霊の使徒であるとは夢にも知らず、素晴しい谷口大先生で通って来たのであって、その大先生の背後霊によって日本人は着々と腐敗せしめられつつあったのである。
私が月刊パンフレット「宇宙学」に発表した「宗教の背後霊について」「身を失ない国を亡ぼす生長の家は即刻解体せよ」及び「生長の家は何故解体せねぱならぬのか?」を読んだ或る「生長の家」信者が、私が「生長の家」を憎んでいるからそんなことを書くのだとか、悪魔を視る者は自身が悪魔であるからだとか云う論旨で私に批難の書信を送って来たけれども、私のような者の出現をあらかじめ知っていた土星霊が「生長の家」の教えの中に「天地一切のものと和解せよ」とか、「悪魔を視る者は悪魔である」と云う言葉を用意して、信者の心の動揺を未然に防ごうとしていたことの現われである。
「生長の家」に於ては、何かと云えば「人間は神の子であって円満完全である」と説くが、若し円満完全であるならばこんな住み難い地球に降ろされる筈がないのである。ところが人心の機微に触れたこの言葉に対して、地球人の中でも自惚れ、自尊心、自信の強い日本人は手もなくすっかり乗せられて、実に有難い教えであると思い込み、さらでだに強い我慾をいやが上にも増長させて、宇宙創造神の御心に全く反する人物にしてしまったのは外でもない谷口氏その人なのである。
ひとたび「生長の家」の教えを受けた人々の背後霊が四囲の人々に及ぼす影響は甚大なものがあるにも拘わらず、「生長の家」の信奉者はそんなこととは露知らず、病気が癒った、運が開けたと全く自己本位の喜びから一歩も出でず、真の幸福とはどんなものであるかを知らないで眼前の慾望の達成を幸福であるとして満足するような生活を送っているのである。
「生長の家」によって長年の不幸や病苦から救われたとて、その教えを信じ切っている人々も沢山あるが、その真相は決して救われたのでも何でもないのであって、盲目的に信じ易い型の人物に対して「生長の家」の背後霊があらかじめ不幸や病気を起こさせておき、ここぞという好機を捉えて「生長の家」に触れるように導き、入信と共に与えてあった不幸や病気を一挙に取り除いてやる。そこで謂わゆる奇蹟が起こり、その本人は驚喜し周囲の人々も感嘆して、谷口先生のお蔭で神様のお力を授かり、この御恩は一生涯忘れることは出来ません、ということになるのである。
心の調整に努めている限り病気や不幸に見舞われることは本来無いのであるが、霊波や念波のような外部からの作用で起こることもあり、そのような場合でも心の調整を怠らない人なら大したこともなく解消するのであるけれども、「生長の家」の教えに魅かれるような慾深い心の持主がこうした悪霊波に憑かれたような場合は、背後霊が目的を達するまではその不幸や病気をどうすることも出来ないし、霊波の作用から解放されると、それを信仰の御利益と思い違って感涙に咽ぶことになるのである。
また、「生長の家」では早朝神想観というものを教団本部その他に於て毎日行っているのであるが、私を谷口氏が低級霊媒者呼ばわりしたことに関して、書信やパンフレットで私がいろいろ「生長の家」の在り方に言及したことに対する生長の家一派の念波が神想観の祈りによって送られた為に、連日私は瀕死の苦痛を砥めさせられたのである。宗教というものの恐ろしさを「生長の家」の背後霊で厭というほど味わされたのである。「生長の家」の背後霊の告白及び谷口氏の内心を捕捉したものが録音テープに録ってあり、「生長の家」信者で私の説くところに疑問をお抱きの方は、当会を訪ねて具さにこのテープをお聴きになればよろしいと思う。
月刊「宇宙学」で再三「生長の家」の在り方について言及したのは、谷口氏が私を低級霊媒者扱いしたことに対する答えであって「天地一切のものと和解せよ」なる教えを旗印にする一大教団の教祖ともあろう人物が、神の取り次ぎの器械を故意に貶して自己の非を信者達の眼から蔽い隠そうとした行為を、宇宙創造神は決してお宥しにはならないのである。
谷口氏ほどの悪党は地球人の歴史が始まって以来その右に出るものがない、と優良星界からも通信して来ているが、慾深い人々はまるで生神様か何かのように崇め奉っているのであるから、そうした人々で充満している世の中が明るく幸福にならないのは当然すぎるほど当然である。
凡そ宗教と名のつくものの背後に在るものはすべて悪魔であって、宇宙創造神の御名を籍り真理を盗んで、地球人の慾心を操って巧みに騙し続けているものであることを明らかにした私は、我ながら呆然ならざるを得なかったのである。
宗教家ばかりではなく、このままではわが国は滅びる、大変なことになると憂国の情に燃えて東奔西走している人々の背後でこれを支配しているものも悪魔であり、そのようなこととも知らず、胸中密かに自分ほど世の中の為に役立っている立派な人物はいないと自らを買被って満足している様を見せられると、全く何と云い現わしてよいか分らないような気持に閉されるのである。世の中を幸福にしようと意図する心が世の中を不幸にしているなどとは、今まで全く誰1人として考えたことすらなかったのである。
特にクリスチャンが独りよがりの使命感を抱いて、熱烈に神の道を説いている姿をよく見かけるけれども、字宙創造神と波長を合わせた眼から見てまことに気の毒に堪えないものがある。
如何に真理であろうとも、人にそれを無理強いに説得しようとするのは神の御心に適う姿ではない。真理というものは自ら悟ってそれを実践に踏み切ってこそ正しく現われるものであって、宗教というものがややともすれぱ信者の数を殖やして団体組織を作り、そのようなことを以て世人を救っていると妄信しているのは、取りも直さずその背後にあって支配しているものが悪魔であることを示しているのである。
宇宙創造神は地球人全体に「心を洗えよ」と仰せになっているのである。自らが神と波長を合わせ得もしないで、矢鱈に人々に神の道を説いているような世上の宗教家達は背後霊に利用されている人々であり、世人の心の救いを志しながら逆に不幸に導いているのである。
神の言葉を受け神と語り得るのは世の中が広いと難も自分だけであると自負したり、自分には神から課された使命があるから1人でも多くの世の人カに神の道を伝えなくてはならないのだなどと信ずることは、既に悪霊に憑かれて操られている証左であって、自分の浅薄な使命感が如何に世を毒しているか全く知らないのである。
謂わゆる善良な人ほどが世の中を乱していたということは、私が神の取り次ぎの器械として日夜心の調整に努め、背後霊の存在と作用を捕捉出来るようになって初めてしっかり知り得た事柄である。聖書や経典を読んでこの教えこそ真理であると思った瞬間から、その人は背後の悪魔の虜になって、不知不識の裡に再び脱け出すことの難しい迷いの泥沼に嵌まり込んでしまうのであって、宗教に凝り固まった人ほど救い難いものはない、と優良星界人は通信の中で嘆いているのである。
地球人に背後霊が憑いて悪影響を与えたのは、地球人が宇宙創造神の御存在を知らず、宇宙の法則を知らず、我慾をほしいままにしているからである。
地球上からの一切の宗教が消え去るとき、その背後霊も消え去らざるを得なくなり、それだけ地球は明るく平和になる。我々地球人は先ず宗教をこの世から追放すべきである。我が国に布かれている宗教法人法を撤廃し、憲法から「信教の自由」の条項を抹消すべきである。
前に述べたように我々の祖先は元々優良なる星界人として不適格である為にこの地球という宇宙の牢獄に追放された悪人や厄介者であるから、その子孫としてこの地球上に生を享けている我々が、我慾に充ち満ち自他一体の愛の念を欠いでいるのも、さればこそと思われるのである。
「生長の家」に於ては、人間は全て神の子であるから円満完全である、と説いているが、若しこの教えの通り地球人が立派であるならば、地球のような住み難いところに生を享けさせられる筈がないのである。そのような地球に生まれさせられねばならなかったほど自分の心は穢いのだという自覚が出来た時、初めて地球人は真の幸福に恵まれるのであって、己の心が穢い汚れた心であるとの自覚を欠き、誰よりも立派な人間であると自負し、自惚れ、自尊心、自信に充ち満ちているのが殆んど全ての地球人の姿であると云ってよい。
私が斯く云えばそんなことはないと抗弁する人が多いが、それでは宇宙創造神の教えの「強く、正しく、明るく、我を折り、よろしからぬ慾を捨て、皆仲良く相和して感謝の生活をせよ」とのお言葉に遵う素直な心になれますか、と問えばなかなかなれませんと云い、「憎しみ、嫉み、そねみ、羨やみ、呪い、怒り、不平不満、疑い迷い、心配ごころ、咎めの心、いらいらする心、せかせかする心は悪魔と繋がる心であるから起こしてはならぬ」と神は仰せになっていますよ、と云えば、「それは人間ですもの、このような心を起こさないように生きることはとても出来ないことです。」と答えるのが普通一般の地球人の常である。
このように、神の教えは守れもしないのに「自分は神の子である、円満完全である」ととんでもない自負心を起こし、自己満足してますます我慾をほしいままにし、口先では真理らしいことを唱えながら、心の面では全く神との繋がりを絶っている姿を見せられる時、何と恐ろしい宗教であろうかと思わずにはおられないのである。
実に立派な教えである、病気を癒して戴いた、不幸から救われた、と云っても、それが真に宇宙創造神のお力であるとは云えない。オリオンや土星の悪魔も一見同じような現象を見せるからである。神は心を洗い清める者に恵みを垂れ給うが、悪魔は人間を虜にする為にあらかじめ密かに病気や不幸を見舞わせておき、潮時を見ていわゆる奇跡を演出してみせるのである。
人間が宇宙創造神の教えを素直に守り、心の調整を図って「無」の心になり切った時初めて悪魔は祓い除けることが出来るのである。宇宙間に於ける地球の位置が向上し、宇宙創造神は顕現し給い、これまで地球を覆っていた悪魔を祓い除けるべく、その手初めとして昭和36年9月21日、「生長の家」の背後霊を祓い除けよ、とこの取り次ぎの器械にお命じになったのである。神命を受けて以来8ケ月の間、私の肉体は瀕死の状態にまで傷め付けられた。「生長の家」の背後霊は土星およびオリオンの悪魔と地獄の天使である。
土星の悪魔は「みおやがみ」の名のもとに、神の喇叭と称する谷口氏を媒介者として神示なるものを宇宙創造神の教えを密かに盗んで教義の中に織り交ぜて、一見まことに崇高な内容を盛ってあり、元々我慾の強い人々がまんまと欺まされるように実に巧みに仕組まれているのである。
立派そうな真理を説いていながら谷口教祖の行いはその教えとは全く別であって、背後霊の正体を看破った私は「生長の家」の恐ろしさをまざまざと体験させられたのである。その教えの骨子の1つである「天地一切のものと和解せよ」という言葉は棚に上げて、人づてに私の仕事を聞き噛って、面識も無く詳しく確かめもしないで、その機関誌上に見当外れも甚だしいことを書き立てて、私を低級霊媒者であると決め付けたのである。
それらの機関誌は日本全国はおろか海外に至るまで広く頒布されており、谷口氏を神様のように崇めている信者は先生の仰ることだからと鵜呑みに信じ込むことを計算に入れて、谷口氏は謂わゆる言葉の力で真の神の御心を世人に伝えようとする私を葬り去ろうとしたのであって、土星の悪魔が背後にあって操っているからこそ、このように神に弓を引くようなことが平気で出来るのである。
住吉大神と云い、塩堆神と云い、何れも神の名を詐った兇悪なる魔霊であって、これ等を祭神として真しやかに神の教えを説く「生長の家」の正体、谷口氏の正体を看抜く力のない慾深い人々は、実に立派な教えである、実に素晴しい最高の宗教であると信じ切って、谷口氏をまるで神様であるかのように崇め奉っている有様である。
それであるから、教祖の背後にあってこれを支配している兇悪霊は機関誌や著書やその他を通じて日本全土の津々浦々に至るまで浸透して猛威をほしいままにしており、万教帰一の大教団に対して何を云うか、お前の主張する霊波とか念波とかなど見えもしなげれば感じもしないと、何にも知らない知ろうともしない人々によって「生長の家」は維持されているのである。
この教団の背後霊は、理念のない感激性に富んだ人々をその傘下に集めていやが上にもその魔性を注入する為に、ひとたび信者や読者になったが最後、宇宙創造神の光と力から全く遮断されてしまい、悪魔の手先になり切っているとは露知らず、こんな有難い教えはない、実に素晴しい宗教であると信じ切っている人々は日本全国及び海外も併せて夥しい数に上っているのである。これら数多くの人々から出る悪念波の影響は蓋し甚大であるにも拘わらず、不幸にして今日までそのことを看抜き得る者が無かった為に、悪魔の支配する教団でありながら開教以来32年の長い間むざむざ見逃がされて今日に至ったのである。
別に入信はしなくても、なかなか立派な教えが書いてあるからという理由で谷口氏の著書を愛読している人々も相当な数に上るであろうが、著書から発散する毒素も凄まじいものであって、読む者の心身奥深く侵入して、早かれ晩かれ猛威を振うことになるのである。オリオン的な地球人にはそんなことなどさっぱり気付き得ないが、取り次ぎの器械にかかるとその悪霊がまざまざ現われて正体を暴露してしまうのである。
人間の不幸や病気は自他の悪念波の作用の外に、こうした宗教の背後霊の働きかけによっても起こるものである。入信して凝り固っている人が、「私は長年の難病に苦しみましたが、「甘露の法雨」を読誦しましたらまるで拭い取ったように見る見る全快しました」とか「生命の実相」を1,2回読んだだけで奇蹟的に救われたとか、「谷口先生は命の大恩人です。その御恩は終生忘れることは出来ません。「生長の家」は世界最高の宗教です」などと妄信している姿に接するにつけて、理念の眠っている地球人の浅薄さを今更のように痛感するのである。
無知な癖にいっぱしのインテリであると自負するそのような人を物色して、「生長の家」の背後霊はあらかじめ悪霊波を送って、何年もに亘って病患に苦しめるのであるが、さらでだに低次元の医学では全く病因すら掴み得ず、医者という医者に見離された頃を見計って、既にその支配下に陥っている「生長の家」信者を通じて働きかけると、藁をも摑みたい気持でいる矢先だから分別も無く飛び付いて来たところで、立ちどころに病患から解放してやるからこそ奇蹟が起こるのである。そんなこととは誰一人として知らないから、すっかり妄信してしまうのである。
しかもその説くところはキリスト教仏教を初め、諸々の教えから抜粋して如何にも学理的に美辞を以て述べてあるから、中途半端な知識しかないのに自負心だけは旺盛な人々の慾心に巧みに迎合して、ひとたび入信してしまうと全くその虜となってしまい、
それからは背後霊の思いの儘にされて心身をすっかり蝕まれ切るまで何にも分らないのである。神の仕組みの中では病気や不幸は一切起こらないのが当然であって、今日病気や不幸に悩むということは、字宙創造神の御存在を知らず宇宙の法則を知らないことを表明しているのである。
(中略)
真理らしいことは説いていても、宗教界にも階級制度が布かれており、その本質は紛れもなく土星やオリオンの悪魔の支配下にあることをはっきり示しているのである、宇宙創造神のお仕組みには階級的なものは一切無く万人が平等であって、オリオン文化の3,000年間、階級意識に満ち満ちてこれに馴らされて来た地球人には神の御意図は中々解らないのである。美辞麗句で綴られた教義に眩惑されてその裏に隠された教団の実態との間の大きた矛盾に気付き得なかったのは、地球人が我慾の虜になって宇宙創造神の真の御意図を知らないからである。
日本全国に蔓延っている「生長の家」の背後霊は、上層部や指導層にも深く浸透しており、真の宇宙創造神の取り次ぎの器械を何とか葬り去ろうと、テレビやラジオを利用して大衆の面前で取り次ぎの器械を故意に歪曲した姿に変えて報道し、神の御意図を挫折させようと図ったのであるが、神に刃向う者の結末を土星やオリオンの悪魔が痛烈に思い知らされる時が来たのである。
前にも述べたように谷口氏がその機関誌上で私を低級霊媒者呼ばわりして以来、「生長の家」の背後霊の跳梁は特に目に余るものがあり、氏に宛てて数次に亘って書簡を送ってそのことを告げ、自戒を求めたのであるが、氏の背後霊はますますその悪魔ぶりを存分に発揮して、従来にも増して教団の宣伝に拍車をかけ、反面に於て、TBSのスタッフを動かし「空飛ぶ円盤」と題するテレビ番組の中に当会のことを採り入れて、聴視者に対して当会の在り方を誤認させようと図ったのである。空飛ぶ円盤とは何らの関連もない当会の因縁絶ちの模様を取材し、一見異様な取り次ぎの器械の動作を映し出して、御覧の通り低級霊媒者であります、と云わんばかりの編集ぶりを以て電波に乗せたのである。
取材に一足先立って、かねて面識のあるA氏が来訪され、「現今、世の中が非常に乱れている。貴会の在り方こそ世人に幸福を齎す最も正しいものであると思うので、TBSテレビの30分番組で電波に乗せるから会の模様を撮影させて欲しい。」との申入れであったので、A氏の言葉を信じて応諾したところ、間もなく物々しい撮影陣が乗り込んで因縁絶ちの光景を取材して行ったのである。
ところがその2日後、取り次ぎの器械が捕捉した「生長の家」の背後霊の告白でA氏の取材趣旨と現実の番組編集内容とは全く異なるものであることを知り、直ちにA氏や当事者に対して当会に関する限り電波に乗せないようにと理由を挙げて申入れたけれども、言を左右にして誰も責任を取る者がなく、申入れの趣旨は十分に尊重して善処するとの担当者の言葉にも拘わらず、事実は4月25日のテレビ放送として聴視者の面前に現われた通りである。口と行いが裏腹なマスコミが大手を振って罷り通るような有様だからこそ、「生長の家」の背後霊がいよいよのさばり返ることになるのであって、オリオン文化の末期とは言いながらその害毒の甚だしさを眼のあたりに見せつけられたのである。