ぐるりのこと。 [DVD]/木村多江,リリー・フランキー,倍賞美津子

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 生きづらい時代になった。平成10年以来、毎年の自殺者数が3万人を越え、同じ時期から犯罪率も急増し、年々悪質化しているのだ。形は違うが、どちらも現実からのドロップアウトという意味では共通している。
 この映画は、バブル崩壊後の「失われた10年」と呼ばれる時代を背景に、現実逃避ではなく、現実とどう折り合いをつけるかを模索する若い夫婦の物語である。
 小さな出版社で編集者として働く翔子(木村多江)は、出産を控えていた。計画性がなく、女性にだらしない夫・カナオ(リリー・フランキー)に不満はあったが、満ち足りた生活を送っていた。
 状況が一変するのは、初めての子供を亡くしてからだった。子供を救えなかった罪悪感から、翔子の心は壊れていく。仕事も辞め、部屋に引きこもるようになる。カナオは、心を閉ざした彼女に寄り添うことしか出来なかった。
 彼もまた法廷画家という仕事に虚しさを憶えていた。自分の欲求から絵を描くのではなく、注文をただ消化するだけの毎日に苦痛を感じていたのだ。そんな二人の心が交差し、現実をあるがままに受け入れるまでを描いた作品である。
 私の心に響いた映画のワンシーンがある。翔子の問題や、仕事の悩みを抱えたカナオが、肺気腫で入院している報道記者の安田(柄本明)を見舞う場面だ。医者から禁じられている煙草を吸うために、安田はカナオを屋上に誘う。

「安田さんは何で逃げないのですか?」
「逃げ続けてる奴がおったり、逃げて死んでしまう奴がおったり…」
と、カナオは唐突に問いかける。このシーンの最後になってから、
「忘れたくないことがあるからかな…」
と、安田は答える。彼には、5歳の娘を交通事故で亡くした過去があったのだ。

 過酷な人生から逃げない術はあるのだろうか? 「夜と霧」という本がある。ナチスによる強制収容所を生き延びた体験を描いているのだが、著者である心理学者・フランクルは、「希望」を持つことの重要性を語っている。微かな望み、たとえそれが妄想や幻想であってもいいのだと言う。
 映画のタイトルである「ぐるりのこと」は、「自分の身の周りのこと。または、自分をとりまく様々な環境のこと」を言うらしい。翔子が心の病から回復する時期に、ベランダで育ったトマトを、夫と食べるシーンがある。「生きものの味がする」とカナオがつぶやくのだが、「希望」はもしかしたら、自分の身の周りで密かに息づいているのかも知れない