土日の天候が揃わず、遠出できない週末が続いています。
今回も午後になって出て来た晴れ間を見計らって、近場の史跡訪問です。
 
 城山砦とは、埼玉県狭山市の入間川左岸の河岸段丘にある崖端城址で、先日、トランプ大統領がゴルフを楽しんだ“霞ヶ関CC”のすぐ南隣りにあります。
 
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城山砦遠景 畑の中の崖端にポツンとあります
 
 この城は大永4年(1524)から20年余りにわたり、北条氏と上杉氏の間で争われた“河越城争奪戦”の際に、山内上杉氏の上杉憲政(関東管領)によって築造された“陣城”と言われています。
その為、この城は“上杉砦”とも呼ばれたりします。
また、元々は平安時代からの土地の豪族:柏原氏の居館跡だった事から、“柏原城”とも呼ばれている様です。
 
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駐車スペースと城址入り口
 
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入り口にある看板は更新されていました
 
 城山砦跡へのアプローチは、駐車場確保の関係から北側の段丘上の県道から向かいます。
周囲は畑作地がほとんどですが、農道の地道を崖端に向けて入って行くと、崖に沿って農道が走り、城址もその道沿いにあります。
県道からの入り口には看板等は一切無いので、予め地図で目標物を設定して行かないと、辿り着けない場所です(^-^;
 
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この赤い旗が良い目印になります
 
 私はコスモのスタンドと園芸店の間の道を入って行きましたが、崖端に突き当たって西(右)に200mほど進むと、左手にお稲荷さんの赤い旗と城址看板があり、3台ほどの駐車スペースがあります。
 こんな城跡は普通に貸し切りなのですが、この日はなんと10人近い人が居て、画板を持って遺構に群がっていました。
 聞けば、何処かの博物館の学芸員さんが講師になって、縄張り図の書き方を勉強してるんだそうです。
初心者が何もない状態から縄張り図を起こすには、格好な題材かも知れませんね。
 
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主郭は200坪ほどの広さ
 
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左に三の郭があるのですが、消えていますね
 
 さて、その縄張りですが、砦というくらいだから規模は小さいものの、空堀が穿たれた三つの郭が連郭に並んでいて、主郭と思しき東側の郭は崖のない三方を高い掻き揚げ土塁で守られています。
 堀はさほどは深くないものの、巧妙に横矢が掛けられていて、塁上には井楼が建つ平場も確保されています。
小さいながらも技巧的には“北条の城”を思わすレベルなので、北条の武蔵平定後にも活用されてたのかも知れませんね。
 
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主郭から川越方面を見る 足元には住宅団地が広がり、その向こうに入間川が見えます
 
 主郭に付随する二の郭はやや小さめで、こちらは取り巻く土塁もなくオープンな郭になっています。
そして西側の三の郭は空堀も土塁も明瞭でなく、範囲ももう曖昧になってしまってますね。
この規模感で見た場合、籠れる兵力はせいぜい100人まで…といった感じです。
 
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空堀は崩れて埋まっていますが、巧妙な造りを感じます
 
 上杉憲政が出陣し、陣城で使ったとした場合、本陣だけでも数千人の規模になるのは明らかですから、その当時は外側にも何らかの防御陣があって、最低でも200m四方くらいの規模はあった事でしょう。
そうなると、主郭の防備のための土塁や堀などは、そう重要では無くなるので、その当時とは違う後世の遺構を見ている…という事になりますね。
 
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二の郭は武者溜まりか?
 
 武蔵が北条領になると、この地域は北条の重臣:大道寺家が河越城に入って治め、近隣の土豪達は大道寺配下の“河越衆”として組織化されます。
その後に、城山砦が入間川の北岸から南を向いて備えを固めなければならない事態があったのでしょうか?
 
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堀底に降りてみました この辺りは幅が広く横矢も掛かっています
 
 ポイントとなるのは南岸を東西に走る“入間川街道”と思います。
武蔵北部や上野、下野から相模の小田原へ向かう時、当時は河越から入間川街道で青梅へ向かい、多摩川沿いを八王子に南下した後に橋本へ越えて、相模川沿いを平塚に出るのが一般的な幹線道路でした。
 
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投石用の丸石を発見
 
 そうすると考えられる事態は3回あり、
1.永禄3年(1560) 上杉謙信による侵攻
 謙信は小田原を囲んだ帰路に武蔵松山城を囲み落としている
2.永禄12年(1569) 武田信玄による侵攻
 鉢形城を囲んだ後、南下して八王子の滝山城を攻めている
3.天正18年(1590)豊臣秀吉による侵攻
 前田利家、上杉景勝ら北国軍は信玄と同じルートを辿った
 
 この3回とも北条氏は主要な城での籠城作戦を採っていますが、籠ったままでは敵の動きは掴めないので、街道を見張る砦の機能が整備され、捉えた動きは逐一狼煙を使って伝達されていたのではないでしょうか?
 
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竪堀兼搦め手道? を下に降りて行ってみます
 
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住宅団地からの入り口です 比高差は10m余りで、駐車スペースはありません
 
城山砦もそうした監視砦として整備されたものだと思います。