3月24日 早朝
今日も新幹線に乗って東京に向かっています。
期の狭間になるこの時期は、本社への出張が多くて、殆んど毎週です。
 
 これだけ出張が多いと、一生のうちどれだけの時間を新幹線で過ごしてるのか…真剣に考えたりしますが、ざっと試算しただけでも年間のべ8日、これまで200日近くは新幹線の座席で時間を過ごした計算になります(^^;。
 
 
 新幹線では普通車のE席を指定する事が殆んどで、毎回同じ風景を見ていると、居眠りしてふと目覚めて外を見ると一瞬で何処を走っているか判る感じです。
 そこで今回は、みなさん既に馴染みの風景でしょうが、この席から見える車窓の風景を改めて紹介します。
 
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【最寄り駅】 
出張のスタートは自宅に近い在来線の駅から。さすがにこの時間だと人影もまばらです
 
 
 
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【名古屋駅前のビル群】
乗り換えの名古屋駅が近づいてきました
 
 
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【名古屋駅ホーム】
新幹線主要駅にしては珍しく壁の無い名古屋駅ホーム。看板広告の利権影響か?
吹きっ晒しで『夏は猛暑冬は酷寒』の肝心の利用者には過酷な最悪のホームです(^^;
 
 
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【桶狭間古戦場跡】
名古屋駅を出て席に座るとすぐ、落ち着く間もなく通り抜ける桶狭間(奥の高台)
手前の森は大高城の抑えに信長が築いた丸根砦跡です
 
 
 
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【矢作川】
若いころの豊臣秀吉が蜂須賀小六と出逢った矢作川…という覚え方は特殊でしょうね、たぶん^_^;
遠くの街は岡崎です。
 
 
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【浜名湖】
風光明媚な浜名湖 新幹線はその南岸、遠州灘との仕切りの砂州上を走りますが、大河ドラマの井伊谷の郷は北岸にあります
 
 

 

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【天竜川】
浜松を過ぎると、暴れ川で知られた天竜川。
この水ははるばる信州諏訪湖から旅して来ます。
 
 

 

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【掛川城】
名古屋~東京間で一番よく見える城は掛川城 程よい距離感です
山内一豊が建てたと言われる天守*は、石高(5万石)に相応しい自然な大きさで景色に馴染んでいますね。
*一豊が土佐に転封になって、旧領の掛川城を懐かしんで酷似した天守を建てたのが高知城であり、現在の掛川城はその高知城を模して復元したのだそうです
 
 

 

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【大井川】
『箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川…』
徳川幕府の政策で架橋が禁止された大井川。 水泳が一般的ではなかった昔は兵も軍馬も、険しい峠道より河川の方が圧倒的に苦手だったのです
 
 

 

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【旅ゆけばぁ~…】
この山は駿河の焼津にある「道草山」 頂上付近まで茶畑が開墾されているのが判ります。
新茶の頃は見事なパッチワークを見せてくれていましたが、近年は後継者不足なのか、段々荒れて来ましたね。
 

 

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【富士川と富士山】
富士山の写真と言えば、富士をバックに富士川鉄橋を走る新幹線を入れるのが定番ですが、新幹線の中から見る富士山も防音壁や電線に邪魔されない富士川の上がベスト。
 
 

 

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【東名&新東名】
富士市~沼津市は東名高速と新東名高速が間近に併走するエリアです。 他にも新幹線、東海道本線、国道1号線もここに集中していて、“地峡”になっています。
紛争などでここが遮断されたら、東西の流通はSTOPしますから、日本のアキレス腱ですよね。
 
 
 
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三島~熱海~小田原】
 
この区間はトンネル区間で、右側の窓からは熱海市街や時折相模湾が臨めますが、左側の席は居眠り区間です^_^;
 
 
 
 
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【小田原古城 御鐘ノ台方面】
 
正面の丘が北条氏小田原城の西端の郭です
 
 
 
 
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【武蔵小杉のマンション群】
横浜を過ぎて、川崎の武蔵小杉に建つ高層マンション群。 
こんなマンションが建ちだしたのは最近の話ですが、通るたびに増えてるくらいの勢いで増殖していますね。
 
 
 
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【多摩川と丸子橋】
多摩川を渡ると東京に入ります。 
 
多摩川と言えば、思い出されるのが洪水で家が流れているニュース映像の印象ですが、さすがにこれは大昔の出来事です^_^;
 
 
 
 
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【東京タワー】
 
ビルの谷間にチラリとのぞく東京タワー。 昔は遠くからでも見えてたのでしょうが…。
 
スカイツリーが出来ても、やはりオジサンは東京タワーの方が好きだな。
 
 
 
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【そして東京駅】
 
開業当時の姿に、ずいぶん立派に改修された東京駅ですが、駅前のビル群に圧倒されて見つけにくいのは否めませんね。
 
 
さて、着きました。 今日も仕事頑張ってきます。