自分もいい歳になった事もあり、記憶の残る限り何かしら形に残していこうと思い、ブログにまとめてみる事にした。
随分と昔の事から、遡るようにブログにまとめていけば、後で読んだときに時系列を追って記憶を呼び戻すことができると思う。
記憶の始まりは、歩行器に乗っている所からになる。
それ以前の記憶はないが、歩行器に初めて乗ったときに、今までの移動の煩わしさが嘘のように思った。
すぐそこの戸棚に行くまで、いままでは思うように向かえなかったのも、凄い早さで移動が出来て、また戻ってくるのも、母のいる台所まで行くのも自在になったのが鮮烈に思い出すことができる。
同時に、歩行器の手をあてがう部分が壁に当たったり、狭い隙間に引っかかったり、廊下と居間の間の扉がスライドするレールに歩行器の車が当たったりすることに歯がゆさを感じた。
その次にある記憶で、ボクはもう走り回ってた。
冬、母が台所で夕飯の準備をしていて、父は居間で本を読んでいる。
夕飯までの時間を持て余していたボクは、居間の中央にある石油ストーブの周りを、遊園地の回転遊具のようにグルグルと走り回った挙げ句、目を回して中央のストーブに耳を付け、火傷をしてしまった。
当時、母は喫茶店をやっていた。
父の実家が古い商店を営んでいて、その二階に母の喫茶店があり、その上、三階が僕ら家族の住む居住スペースだった。
喫茶店にはソフトクリームの機械があり、好きな時にソフトクリームを食べることができ、雑誌もおいてあったので、かなり早い段階から少年ジャンプを読み始めることができた。
その頃、母方の従兄弟、ムッちゃんの家が近くにあり、頻繁に遊びに行っていた記憶が強い。
ムッちゃんの家はお金持ちで、大きなピアノがあり、その奥にはまた大きな和室、窓を開けると隣のアパートになっていて、そのアパートには母の、これまた従姉妹の叔母さん、アッちゃんが住んでいた。
父方の祖父、祖母とは、離れだったとはいえ同じ敷地に住んでいて、歩いて数分の所にムッちゃんの家があり、そこに遊びに行くとアッちゃんにも会えて、たまの休みには母方の祖父、祖母の家に母の自転車の後ろに乗って遊びに行く。
いま思い返しても、実に充実した毎日を過ごしていた。
ただ、ムッちゃんの家に頻繁に行っていたのも、休みの日に祖母の家に遊びに行っていたのも、いま考えると、色々な出来事の引き金になっていたのかもしれない。