前の職場をやめる決心をしたのが
「今の自分は自分らしくない。人間性が死んでいる」と思ったことがきっかけ
小さな公立病院で 20年近く勤め
「あなたの行動力を生かして欲しい」と言われ 主任になった
元々正義感が強く、背負いこみ気質だから、頼まれてもいないのに
問題点を見つけて改善を続け、マニュアル作ったりしていた
自分は看護師という仕事が好きで、次の時代の人たちに
働きやすい環境を残してやりたいと 本気でそう思っていた
(それ自身の根本が劣等感や罪悪感にあると言われるのはまだ先の話)
そのうち、周りからのぞみもしない仕事を押し付けられるようになった
他の部署が、自分の直属の上司に仕事を押し付ける
→上司が断り切れずに引き受ける
→部下の私に丸投げ
→丸投げたことも忘れて「何やってんの」と上司に怒られる・・・
→上記が複数にわたって
繰り広げられる
そして、もともと 忖度やおべっかを使うこと、
噂話やどうでもいいことをしゃべるのが苦手で
世渡りがうまくない
(困ってる患者さんは信頼してくれるし、
スタッフは「いてくれると安心する」と言ってくれるんだが、
上司にとってはめんどくさいらしく・・・)
次第に追い詰められ
精神科を受診する一歩手前で
Kiaの瞑想に出会った
災害対応に自分がこだわり続けるのは
生きて良く上で、最も基本的なことは何かを学んだからだ
看護の基本でもあるし(ナイチンゲールさんも野戦病院にいたし
)
究極 災害の場面になったら、自分の判断が生死を分ける
右に行くか、左に行くか 判断は自分でしなくちゃいけないし、
例え間違ったとしても、誰のせいにもできない
そう思って 知識を身に付けてきた
他者に対しても
対応したAスタッフが、例えB・Cスタッフにとっては納得のいかないことを
したとしても、それを経験していない人が、Aスタッフを責めてはいけない![]()
その瞬間にその人が経験したことは、その人にしかわからない
その時のスタッフが行ったことは最善だと信じる
そう伝えることで、スタッフからは信頼感を得られた
(そのスタッフが自分が思うような結果が出せなかったのは
システムに問題があるからでしょうに)
つきつめていくと
自分を本当に信頼すること
それが 他者を信頼することにつながるということ
他者からどんなひどい言われ方をしたとしても、自分の情熱がある方向へ
自分のココロにだけは嘘をつかずに生きることが
自分の心は楽で、充実感があると気付いた
そう思って、前の職場の批判を押し切って退職
嘱託職員で月給は約10万近く下がり、ボーナスに至っては
1/7という悪条件でも、自分のやりたいことをさせてくれる
という面接官の言葉を信じて、現在の病院へ
新天地を求めたけど、そこでも 同じタイプの上司で
しかも、面接官(当時の看護部長と事務長)は退任していて
自分の希望は全く伝わっていないから、全く何もさせて貰えないし
自分のキャリアを聞かれもしない
でも、主任じゃない分、第3者の目で
状況を俯瞰的に見ながら、自分の人生のおさらいをしている
(ここも色々あるんだけど、また別の機会に)
この世は幻想
自分には力はない と思っていることも幻想
期限付きの命
根源で
「こんな人生にしたい」とブループリントに決めてきた
自分を信頼して生きていこう