皆様、こんばんは
いつもペタ&コメント、ありがとうございます
台風一過ならぬ爆弾低気圧一過で朝から快晴になりました
今日は父の祥月命日です。もう15年になります。
厄年にクモ膜下で倒れ大手術をした父、今から40年以上前の話です。
たまたまお隣さんが大阪の大きな病院の看護師長をされていて、良い先生を紹介して下さいましたが当時の成功率は50%。
それでも私がまだ小学生だったので、50%に賭けたんだと思います。
奇跡的に後遺症もなく社会復帰を果たし、姉と私を大学まで行かせてくれました。
先に私が結婚して、長女が生まれた時は病院の送り迎えやお風呂にも入れてくれていましたが、半年ほどで動脈硬化から来る多発性脳梗塞で遂には寝たきりになりました。
それから亡くなるまでの12年間、母と二人三脚で在宅介護をして自宅で看取りました。
亡くなる数年前になって、訪問看護を受けられる様になり、最期は看護師長さんが自ら旅支度をして下さり、私の子供たちも手伝わせて頂き、子供たちにとって本当に貴重な体験をさせて頂けた事に感謝しています。
父が亡くなるまでの12年間、本当に色んな事がありました。
書き上げると本ができるくらい
でも今では懐かしい思い出になりました。
今日は朝からご住職の奥様にお参り頂き、午後から娘とチビッコ連れてお墓参りをして来ました
当時、父の介護でなかなか娘を遊びに連れて行けなかったので、3年保育の幼稚園に通わせていました。
そして今日、その幼稚園の抽選会でした。
京之右を3年保育で来年から通わせたいと願書を提出したところ、応募者多数で抽選となりました。
8割は行けるものの2割の約46名は外れます。
2年保育はたったの10名しか募集されないので、これを外すとその幼稚園には行けないも同然。
娘たちの頃は抽選なんてありませんでした。
と言うのも昨年からその幼稚園が『認定こども園』になったからなんです。
スクールバスはあるし、様々なクラブ活動もされてて延長保育もあり、自園給食センターの手作り給食がある…となると殺到しますよね
みんなでお墓参りに行ってから抽選会へと向かいました。
多くの方がご夫婦で来られてたそうですが、娘はチビッコ2人連れ私は園外で待ってました。
まだかまだかと待ってたら漸く出てきた娘はしかめっ面、京之右は泣きながら…
ダメだったか…
一応『どうだった?』
と聞きました。
『あぁ、行けた行けた』
えーーー行けたん
『京ちゃん泣いてるし、彩ちゃん険しい顔やし…てっきりアカンかったと思ったわ』
って言うと
『だって、京之右全然言う事聞けへんし、遊具で遊んで帰るって大泣きして寝そべるし、もう恥ずかしいやら腹立つやらで…』
だって
と言う訳で、来春から年少さんになる…予定の京ちゃんです
大丈夫かなぁ~
最近よくドラマでも幼稚園のママ友同士のイジメがクローズアップされてますが、私はその幼稚園での日々は楽しい思い出しかありません。
入園してすぐご縁があったママ友さんと今でも家族ぐるみでいいお付き合いをさせて頂いてます
月日は流れ時代は変わり、幼稚園の形態や体制も変わりましたが、京ちゃんと娘に楽しい思い出が残るような幼稚園生活であって欲しいと願います
長い長い記事になってしまいましたが、最後までお読み下さりありがとうございます
今日も夜更けまで我が家は大賑わいでした
『何だか知りましぇんが、今日は特に騒がしくってちゅかれまちた
京ちゃん幼稚園行ったらおとなしくなるでしゅか
』
それでは皆様、お休みなさい



