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あの日の朝・・・
大きな突き上げる様な揺れが来る前に、ゴォーと言う地響きで目が覚めました。
「何か恐ろしい事が起きる」と思った瞬間・・・今まで経験した事が無い様な大きな揺れ。
鍵を掛けなかった雨戸が開いたり閉まったり・・・
雨戸が開いた時に見えた外の景色は、あの時間は真っ暗なはずなのに、空が青白かった。
電線が大きく波打ち、火花が上がっていました。
そして私の身体は起き上がれない程揺さぶられ、
あちこちの部屋からガシャーンと物が割れる音。
一緒に寝てた3人の子供を手探りで探すと、皆布団の中に居ました。
普段から、子供と寝る部屋はタンスも置かず、絶対に上から物が落ちないようにしていたお陰で、何かの下敷きになると言う事はありませんでした。
でも夫が寝て居た隣の部屋では・・・本棚が倒れガラスが割れ裸足では歩けませんでした。
そして、夫が寝てた枕の側に大きな衣装ケースが落ちて来ていました。
もう少しずれてたら・・・頭部に直撃でどうなっていたか・・・
大きく身体を揺さぶられながら、私は「死」を覚悟しました。
いずれ家が倒壊し、私の人生も終わるんだなって考えました。
まだ7歳と5歳の子供の事を思い不憫な気持ちにもなりました。
成す術もなく、私は布団の上から子供達を抑え時が経つのを待つだけでした。
どれぐらい時間がたったか、揺れが収まって我に返りまずした事は・・・
当時寝たきりで在宅介護していた父の部屋がどうなってるのかベランダから見ました。
あった!ちゃんとあった!
それから、階段を降りキッチンに向かいました。
先に起きていた母も怪我はありませんでした。
父の様子を見に行こうと廊下に行くと・・・壁が落ちていて通れません。
外から回って父の部屋に行くと、穏やかに寝てる父が居て胸を撫で下ろしました。
それからすぐに、夫の実家と夫の弟夫婦に電話をして無事を確認しました。
その時通じた電話は間もなく不通になりました。
停電しガスも止まっていました。
夜が明けて見た風景は・・・
とんでもないものでした。玄関の所の石塀が倒壊し、瓦もずれました。
門から外に出たらあちこちブロック塀が倒れていました。
本当に恐ろしい体験でした。人生観がガラリと変わる程の出来事でした。
でも・・・
私の体験なんて大した事ない、と電気が復旧して神戸の映像が目に飛び込んで来て初めて解りました。
倒れた阪神高速、脱線した阪急電車、燃え上がる神戸の街・・・
目を疑いました。これは地獄絵だ・・・って。
あの頃7歳と5歳だった子供達も24歳と22歳になります。
私もこうしてここに居ます。
私達は6434もの尊い命の犠牲の上に生かされてると思います。
この思いは忘れた事がありません。
17年も経つと段々風化して行きますが。
被災者にとって一番悲しい事は、忘れられる事です。
どうか、皆さん忘れないで下さい。
そして、自分の命を大切にして下さい。
東日本大震災の被災者の皆さんが祈りを捧げて下さってる映像を見て涙が止まりませんでした。
生かされた私達は何ができるんだろう?
小さな事しかできないけれど、二つの大きな震災を忘れず、継続的な支援をして行きたいと思います。
今日は静かに祈りを捧げます・・・
黙祷。
