皆さん、こんばんは
いつもペタンコ&コメントありがとうございます
ここから私の回顧録になりますので、適当にスルーして下さいね
今日は父が亡くなって11回目の祥月命日です
父は42歳の時にくも膜下で倒れ、その後回復して仕事にも復帰したんですが私が結婚して間もなく具合が悪くなり、多発性脳梗塞を起こし、約12年間在宅で介護して自宅で亡くなりました。
当時は今の様な介護のシステムも、介護センターも普及してなかったので、掛かり付けの病院から先生の訪問診療と看護師さんの訪問介護を受けながら、母と2人でお風呂に入れたりリハビリしたり大変でした。
長女が1歳で、お腹には双子が居ましたから色々と…。
亡くなる数ヶ月前からは床擦れ防止の体位変換と痰の吸引を15分毎に一日中母と交代でしてました。
そしていよいよって頃には母も私もフラフラで、不謹慎ですが、お葬式の最中読経が子守唄の様になり、母と私は居眠りしてしまいました。(お父さんゴメンネ)
そして、喪主の夫は…
父が亡くなる2日前に退院して来たんです!
はい、なんと自然気胸になりまして1ヶ月の入院!私は病院と自宅を行ったり来たり…必死でしたね。
あの頃は子供たちにも負担をかけました。
ただひとつ、良かったと思える事は・・・
自宅で父を看取ったので、死後の遺体の処置も子供たちは目の前でみて、旅装束も子供たちも一緒にした事です。
当時掛かり付けの病院が在宅介護を推奨されてて、父はそのハシリでした。
そしてその病院の師長さん自らが訪問看護して下さっていて、子供たちにもできる事を手伝わせて下さってました。
なので、父が亡くなっても怖がったり嫌がったりせず、師長さんと家族で父の思い出話をしながら変な表現かもしれませんが、和やかに着替えをさせました。
今ではなかなか体験出来ない事を体験させて貰えて、大変だったけど良かったと思いました。
ただそれぞれ、色々な事情があって、看たくても自宅では介護が無理なご家庭が多いと思います。
ですから、父も私達家族も恵まれていたと感謝しています。
家族の前では、ひょうきんでお笑い芸人の様だった父、頼りにしてたのに…68歳の旅立ちでした。
そんな今日の夕焼け…
そして、偶然出会えたポケモンジェット
そして、仕事帰りのパパさんと合流
一目散に見つけて走って行きましたよ
急に気温が下がって、お鍋が恋しい季節になりましたね
なかなか家族が揃わないので、今日は鍋焼うどんにしました
面白くもない記事を長々と、最後まで読んで下さってありがとうございます




