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岩合光昭(撮影:志和浩司)

 岩合光昭は19歳のころ、動物写真家だった父親の助手としてガラパゴス諸島を訪れた。初めての海外体験だった。

 「ダーウィンが進化論のヒントを得たり、変わった動物がたくさんいたり、すごい島なんだろうなと想像していたのですが、実際に行くと、ぜんぜん変わった島ではなかった。イグアナが溶岩の上にいても、僕の目にはすごく自然に映って。潮の干満によって海イグアナが海中へ入って海藻を食べる。そんな彼らの日常生活のなかに僕たちが入っていっただけ。動物たちの楽園のなかを、赤や黄色のジャケットの観光客たちが歩いていることのほうが違和感というか、僕は気になってしまって」

自然のスケールが違いすぎるガラパゴス 20歳の誕生日に写真家なることを決めた

 幼いころから父親に連れられて国内の山や野原を歩いていたが、ガラパゴスの自然はスケールが違った。インタビューを録音するために岩合の前に置いたマイクを指差しながら、こう説明する。

 「日本の場合、たとえば鳥なら双眼鏡で見ることが多い。動物と距離があるんです。でもガラパゴスでは、このマイクぐらいの近さで鳥がたまごを産んで雛がかえる。殻がひび割れて、雛のくちばしが出てくる。そのくちばしの先まで見えてくるんですね。生まれたばかりの雛は濡れていますが、乾いてくると羽根の一枚一枚が間近で数えられる」

 環境が異なれば、物事の発想も異なる。

 「ある日、水道が壊れ朝から顔を洗うこともできなくなった。チャーターしたヨットの船長に相談したら、『海に飛び込めばいいんだ』と(笑)。それで、海に飛び込んで泳いだのですが、誰かが僕の肩をたたくんです。アシカなんですよ。びっくりしました。アシカといえば、海岸では大きなうねりがきて波がめくれると、パイプラインをアシカがすり抜けていく。そのアシカのサーフィンも忘れられないですね」

 本当の大自然を実感し、ガラパゴスで20歳の誕生日を迎えたときにはすでに写真家を志していたという。

 「大工の息子が大工になった、みたいな感じですね」

翌年はアフリカへ 自然が好きだから写真家になったのだと思う

 その次の年は、アフリカにいた。

 「水平線が、地平線に変わった。そこにキリンや象をはじめ動物たちが暮らしているのですが、彼らがたくさん食べるためには緑がなければいけない。海でいえばクジラも大きいですけど、豊かな海があって魚がいっぱいいれば、クジラも生きていける。いつもそういう、動物が暮らす背景がすごく好きなんです。僕はたぶん動物好きから写真家になったのではなく、自然が好きで写真家になったんだと思います」

 だが、撮影は簡単にはいかない。動物は、思い通りには現れてくれないからだ。

 「先日もブラジルのパンタナルという大湿原で取材したのですが、そこは日本の本州ぐらいの広さがあります。そのなかでジャガーを探して撮るのですが、1年、2年では足りなくて、結局3年、6回も通いました」

 ベテランの動物写真家に対して愚問かもしれないが、そういうときつらくはないのだろうか。

 「待つって嫌ですよね。だから僕、待つっていう意識を持たないようにしているんです。たとえば風が吹いて木の葉が舞ってきた、ああ、風が強いな、もう葉っぱが落ちる季節なんだなとか、自然の変化を自分のなかに取り入れようとしています。そうすると、待っていた動物が目の前に現れても、木の上を見ていたりして、なんでそこにいるの?みたいな。そういうこともありますね」

 現在67歳の岩合だが、キャリア初期の20代から世界に認められてきた。1979年、アサヒグラフに連載された『海からの手紙』で第5回木村伊兵衛写真賞を受賞。82年から84年まで、アフリカ・タンザニアのセレンゲティ国立公園に滞在して撮影した写真集『おきて』は、英語版が15万部を超えるベストセラーとなった。また、日本人写真家としては初めて『ナショナルジオグラフィック』誌の表紙も2度飾っている。

ネコの背景は人々の暮らし いい顔をもらうには、愛情を持って「いい子だね」と話しかける

(c)Mitsuaki Iwago

 そんな岩合だが、近年はすっかりネコの写真や映像で親しまれるようになった。現在も、写真展『岩合光昭の世界ネコ歩き2』が5月14日まで、日本橋三越本店(7階催物会場)で開かれている。同展は、2012年から全国各地のネコファンを魅了してきたNHK BSプレミアムの人気番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」の写真展の第2弾だ。

 「野生動物の撮影では、臨界距離というのが大切なんです。これ以上近寄ると彼らが嫌がるという距離。ふれてはならない、人が立ち入ってはならない世界が彼らにはきちっとしてあるんです。一方、ネコや犬といったペット、羊や豚などいわゆる家畜といわれる動物は、人の手がふれてもいい動物たちです。われわれも、彼らに愛情を持って接さないといけない。なかでもネコは、ひもに結ばれていないんですよね。なかなか画面に収めるのが難しい反面、写真の撮りがいがあって魅力的だな、と僕は思うんです」

 動物自体はもとより、その背景に深い興味を抱いているのはネコが被写体の場合も同じだ。

 「ネコの背景って、人々の暮らしだと思います。ネコを通じて地面の色だったり人々の足元だったり、いろいろなものが写真や映像に写ってくるのですが、それが家から村、町、大きくいえば国まで見えてくることもある。ネコを通して見た世界というものが、写真や映像を通して撮れるんです」

 当然、ネコ自身も土地や人に影響を受けるのだとか。

 「暮らしって、そういうものですよね。毎日同じことを繰り返しているようで、一瞬として同じことってない。犬と違ってネコには、ご主人様っていないんですよ。われわれ人間のことを、一緒に暮らす仲間だと思っている。そこがすごくネコの興味深いところで、『ネコは思った通り動いてくれない』とかいろいろ言われますけど、ネコのほうではけっしてそんなことは思っていなくて、ネコからしたら逆に、人のほうが言うこときかないって思っているでしょうね」

 ネコを撮るとき、岩合はネコに話しかけるという。

 「毎回そうです。『世界ネコ歩き』の撮影中、僕が一番口にする言葉は『いい子だね』っていう言葉だと思うんです。『いい子だね』って言うと、自然にこちらの表情なんかもやさしくなるんで、それがネコにいい顔をしてもらうきっかけになるんです」

フットワークとく歩きまわるためのカメラでネコを撮影 新たな興味はカピバラ

(c)Mitsuaki Iwago

 また、岩合は長年、フォーサーズあるいはマイクロフォーサーズと呼ばれるフォーマットのカメラを愛用している。ボディやレンズなど機材全般が小型軽量で済むのだが、そのぶん、画像を記録するイメージセンサーのサイズも一般的なプロ用カメラと比べ一回り小さい。だが、画質上のハンディは感じないという。

 「大きなサイズの必要性は、まったく感じないですね。僕が皆さんにご覧いただいている写真は、マイクロフォーサーズで十分対応できる。今回の写真展でもかなり大きく引き伸ばしている作品がありますが、画質のクォリティー的にも大丈夫です」

 フットワークよく歩きまわって、ネコを見つけたら、愛を持って言葉をかけながら撮らせてもらう。命令するのではなく、ネコにお願いして撮らせてもらう。岩合の言葉からは、そんな撮影スタイルが思い浮かぶ。

 いま、カピバラにも新たな興味を抱いているそうだ。

 「南米のパンタナルで、自然のなかに生きているカピバラを撮って本をつくろうかな、と考えています。皆さん、温泉入るカピバラしか知らないと思うんです」

 楽しそうに笑う。19、20歳のころ、ガラパゴスの海でアシカに肩を叩かれたときにも、きっとこんなふうに楽しそうな笑顔だったのだろう。

(取材・文・撮影:志和浩司)

(c)Mitsuaki Iwago

写真展『岩合光昭の世界ネコ歩き2』 5月14日まで、日本橋三越本店(7階催物会場)午前10時から午後6時半(最終日は午後5時半)まで。入場料は一般・大学生800円、高校・中学生600、小学生以下は無料。
5月12日(土)・13日(日)は、岩合光昭のギャラリートーク(各日午後1時~・午後3時半~※要入場券)とサイン会(各日午後2時~・午後4時半~※図録または写真集を購入した各回先着200人限定)を開催。

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