走るおっさんライダーのブログ -2ページ目
『忘却の為の記録』1945-46 恐怖の朝鮮半島 清水徹著
2014年1月24日発行

本書は、あとがきによれば1980年に刊行されたものの復刻版との事だ。

1945年8月9日に始まるこの物語は、当時中学3年生だった少年(著者)が、間もなく終戦を迎え、生まれ育った現在の北朝鮮に当たる地域である清津(しんしん)を離れて南下し、1946年5月10日に命からがら38度線を越えるまでの約9カ月が描かれている。

以前、当ブログでは、同様に朝鮮半島からの逃避行を綴った『竹林はるか遠く』(ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著)を紹介したが、偶然にも本書の少年の父も、満州鉄道に勤務していた。

正直に言えば、大変失礼ながら本書の文章は、読み手に詳細な状況を想像させるような描写とは言えない。
その原因は主に“走るおっさんライダー”に当時の状況に関する予備知識がない為であるが、今後さらに若い世代の方が読んだ場合、より難しくなるかも知れない。

ただ、著者が日本に帰還したのが1946年で、最初に出版された1980年まで約34年が経過しているにしては、非常に詳細に書かれている点も多い。
それ程、記憶に強烈に焼きつけられた経験であるとも言えるし、もしかしたらその一部は、のちの経験等から影響を受け、補完・修正された部分もあるかもしれない。
しかしそれでも、この逃避行が過酷であったことに疑う余地はなく、誰もが思いを致す事ができるだろう。



戦争は、多くの人々の生命や生活を破壊してしまう
が、それは『もう過去の事だ。』と言い切れる事でもない。
この地球上では、現在でも紛争が絶えることは無く、戦闘する兵士だけでなく、一般人にも多くの犠牲を強いている地域が存在する。
更に、戦争や紛争に至らずとも、強権や暴力(武力)によって虐げられ、また、そのような境遇から逃れるために、まさに本書に書かれているような逃避行をしている人々が今でもいる事を、我々は忘れてはならないだろう。

強権や暴力(武力)による犠牲は、「戦争に参加しさえしなければ防げる。」と言うものではない。
例えば、自称イスラム国が武力によって、その勢力圏を拡げつつある状況、或いは、内モンゴル、ウイグル、チベット等の伝え聞く状況を見ても、抵抗する有効な手段がなければ、この日本も平和を維持できないだろうと思わせる。



さて当時、朝鮮半島は台湾と並んで日本領であり、朝鮮民族も日本人であった。
以前、もう一冊当ブログで紹介した、『日本人はとても素敵だった』(楊 素秋 よう そしゅう著)は、台湾人側からの視点で同時期の台湾が描かれていた。
これらを読んで、特に興味深かったのは、終戦を迎えた朝鮮人と台湾人の態度の違いである。

もちろん、わずか数冊のこれらの本が、全てを物語っている訳ではない事は念頭に置いておかなければならない。

前者は敗戦と同時に多くの朝鮮人が、日本人に対して反転攻勢のような態度を見せた様である。
一方の台湾人は、敗戦によって、それまで日本人として生きてきた台湾人が、大きな不安と戸惑いを抱えた悲痛を訴える。

繰り返すが、これが全てではない。

本書でもラスト近くでは、日本の統治時代に深い感謝の意を述べ、少年を含む30名の避難民をかくまい、38度線を越える為のその手助けをする朝鮮人の姿が描かれている。

勝手な感想だが、恐らく著者が本書で一番強調したい点ではないだろうか・・・。
著者のその思いを、本書を読んで感じて頂きたい。
似顔絵 第36弾
アクトレス Ariana Grande

久しぶりの更新ですが、今回あまり多くは語りません。

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大阪14区選出 自由民主党所属の衆議院議員 長尾たかし氏のツイッター

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嘘をついているのは誰?

『日本人はとても素敵だった』楊 素秋(よう そしゅう)著
2003年12月25日発行
副題は
「忘れ去られようとしている日本国という
 名を持っていた台湾人の心象風景」

日本人はとても素敵だった


かつて日本は、大東亜戦争(太平洋戦争或いは第二次世界大戦)の終戦までの約51年間、台湾を統治していた
いや本書を読むと、こんな表現は適切ではないように思える。
言うならば『かつて台湾は、日本の一部だった。』と。

著者は日本が台湾を併合していた時代、昭和7年(1932年)に生を受け、日本人として成長したのだ。
終戦となった昭和20年(1945年)までの日本(内地)人との交流と、その後に蒋介石率いる国民党軍が支配した台湾。
日本はその後、中華人民共和国との国交正常化に伴って、台湾を見放してしまった。
そういった歴史を、現在の台湾人がどのように考えているのか・・・。
当然個人差はあろうが、少なくとも日本が併合していた時代を経験した方々とは、総体として違いがあるだろう。
それでも台湾は、日本が国難に直面した時に、温かい支援を送ってくれ、そして著者は日本を思っていて下さっている。
これは、我々が何かをしたからではない。
我々の父母、祖父母、その前の世代の方々が立派だったからだ。

この当時の日本人は、今以上に遵法意識が高く真面目で、礼儀正しく責任感が強かったようだ。
清国の一部だった頃、台湾は危険な土地だったそうだが、併合して治安が向上し、住みやすい場所となったようだ。
朝鮮半島の併合と、その政策が同じだったのかどうか解らないが、大きな予算を割いてインフラを整備し、産業に力を入れ、病院や学校を数多く建設した等の点は同じ方針だったと言える。
これらは、現在の日本が偉そうに自慢できることではないが、同時に卑下する事でもないだろう。
当時の日本(内地)人は、台湾(外地)人と同じ目線で、互いに尊重し合い、いかに当初内地の方が発展していたとしても、台湾(外地)の方々を見下すことなく一体となって生活していたようだ。
これを、もし「植民地支配」と呼ぶとしても、それまでの欧米のそれとは全く違うものだった。

本書の中で意図して書かれたのかどうかわからないが、
この日本統治の約51年間のことを『日本時代』と記されている。
『日本統治時代』でもなければ『植民地時代』でもない、ましてや『日帝時代』でも無い。
著者が、その『日本時代』を生きたことを、誇りに感じておられるのだ。
そして更に、今のいわゆる自虐史観に捉われている現代の日本人に対して、「誇りを取り戻せ」と叱咤激励されているのだ。
本書を読みながら、著者の日本に対する愛情あふれる思いを感じ、何度も目頭を熱くした。


想像出来るだろうか・・・。
もし我々日本人が、日本と言う国を失い、国籍を失ってしまったとしたら・・・。
清国から割譲された台湾は一旦は日本となった。
しかし日本の敗戦によりその後、蒋介石率いる国民党軍、中華民国に支配されることとなった。
その後40年に渡る戒厳令を経験し、いつどのような疑いで捕われ、処刑されるかもしれない日々を生きた。
後年振り返ってみれば、「○○時代は××年間。その後□□の状態が××年間。」等と簡単に言う事が出来るが、その時代に生きる人々は、現状がいつまで続くか誰にもわからない、そういった不安の中を生きるのだ。

先ごろ“ひまわり学生運動”として、台中サービス貿易協定の議会採決プロセスに抗議した彼らは、現在でも常に、中華人民共和国(中国共産党)の脅威に晒されながら、国際社会から独立国と認められていないのが現状なのだ。

我々日本は、そのような台湾に一定の責任があるのではないだろうか・・・。
だからと言って、日本が台湾を独立国としておいそれとは認めることは難しいだろう。
彼らが望むか望まないかに関わらず、再び台湾を併合すると言うのも、現状では非現実的だ。
ただ、将来はわからない。
独立か併合かと言う二者択一ではなく、その時の状況の現状維持か併合や共和国制などの選択肢の中から、何がベターかと言う選択もありえるかもしれない・・・。

どうなるにせよ、今、我々日本が出来る事は、我々が歴史の中で築いてきた価値観や文化のポテンシャルを信じ、経済を発展させ強い日本となり、国際社会に対して確たる発言力、影響力を持つ様になる事ではないかと思う。

昨今、日本が過去に大東亜共栄圏を宣言し、大東亜戦争を戦ったことで、亜細亜やアフリカ各国が結果的に独立を果たしたことが、特亜(特定亜細亜=中国、北朝鮮、韓国)を除くアジア各国の、日本に対する敬意と、期待を寄せていることを誇らしげに語る者を目にすることがあるが、自惚れてはいけない。
それらのほとんどは、先人のお陰であり、そしてその先人の恩恵を誰よりも受けているのが、現在の我々日本人ではないだろうか。
現在の現役世代はその思いを受け継ぎ、敵と潰しあう戦いではなく、共に切磋琢磨し競い合えるよう努力すべきなのだろう。
(その1)
http://ameblo.jp/part-one/entry-11946667195.html

(その2)
http://ameblo.jp/part-one/entry-11948548871.html

(その3)
http://ameblo.jp/part-one/entry-11962767862.html

(その4)
以前の記事で紹介した呉 善花(オ・ソンファ)著『侮日論』や、彼女の対談、講演などを見ると、韓国では私的には反日感情が無くても、公的にはそれを表明できない空気のようなものがあるとの事だ。
反日でなければ、韓国人としての愛国心を疑われるような感じだろうか・・・。

これには、韓国の教育が影響している面もあるのだろう。
事実は別として、教育によって『過去に日本が朝鮮人に対して、いかに悪逆非道なことをしてきたか・・・』と言う先入観を植え付けられ、彼らの『先祖・親を尊重し、それらが受けてきた恨みを後の子孫が引き継ぐ』と言う価値観が、日本バッシング(いじめ)を正当化している訳だ。
このようにして作られた空気は、いかに個人レベルで抵抗しようと思っても、容易では無い事が想像できるだろう。

こういった現象は【いじめ】の構造とよく似たものを感じる。
ある誰かが気に食わないと感じると、その者の欠点を探り、それを過大に喧伝し、それを理由に【いじめ】をする。
きっかけは、その誰かの悪い点だけでなく、逆に、勉強が出来過ぎるとか、異性に人気があり過ぎるとか・・・、と言ったことも本音にはあるかも知れない。
やがて、当初気に食わなかった理由より、嘘でも他の者が同調しそうな理由を見つけて仲間を増やす。
成績が悪いとか、スポーツが苦手とか、センスが無いとか、趣味が変わっているとか・・・、本人の事だけでなく、例えば家が貧しいとか、親に問題があるとか・・・。
本人の責任とは言えない事や、本人の努力では解消できないこと、更に真偽不明の事までが含まれる。
しかも、大体の場合これらの理由は後付けで、気に入らないと言う前提に立ち、その対象が他の者と違う点はどこか?と探して見つけた、言わば単なる個性である場合も多いのではないだろうか・・・。

この【いじめ】る側の輪は拡がるが、それは「仲間外れになりたくない。」という気持ちからだろう。
また【いじめ】に同調しない者がいると、【いじめ】の矛先は同調しない者にも向けられる。
これも「いじめ」の輪を広げたり、サイレントマジョリティ(物言わぬ多数派)を増やすこととなる。
そして【いじめ】を批判されると、「いじめられる者には、いじめられる理由がある。」と言い訳をするのだ。

過去の日本の行為に関わる感情について、その教育された歴史が事実ではないとしても、彼ら一般韓国国民に、その責を負わせることは出来ないのではないだろうか?
日本側の言い分に、我々がいくら証拠がある、根拠があると言っても、彼らからしてみれば「日本人は信用ならない」という先入観によって、証拠や根拠に信憑性をなかなか感じないだろう。


しかし、翻ってそれは、日本側にも同じ事が言えるのだ。
一部の日本人が、韓国内で行われるヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)と思われる言動に対抗して、乱暴な言葉を投げつける。
しかも、ヘイトスピーチ(と思われる)をした韓国国民に対してではなく、日本国内の在日朝鮮(韓国・北朝鮮)人に対してだ。
それに反応して一部の在日朝鮮人が、乱暴な態度や一部汚い表現をしているようだ。

ただ、このようなことは、彼らの本国のヘイトスピーチ(と思われる)をしている者にしてみれば、痛くもかゆくも無いのではないだろうか?
逆に、国内の在日朝鮮人の一部の者の憎悪を拡大し、場合によっては日本人に対して悪事を働く屁理屈となりかねない。

日本人の中には、彼ら在日朝鮮人の犯罪率の高さや、生活保護の需給率の高さも理由だと言う者がいるようだが、それらは全くの別問題だ。
韓国で日本に対してヘイトスピーチ(と思われる)事をしている者は、日本で犯罪を犯している訳ではないし、日本の生活保護費を受給しているわけでもない。


さて、例えば、
ある者が人質をとってどこかに立て篭もったとする。
この犯人を捕らえるために、逆に犯人の家族を人質にして、犯人を脅すのは正当な行為だろうか?

相手がしたのだから、こちらも同じことをしてもいい・・・とはならないこともある。
どんな理由も【いじめ】を正当化する理由にはなりえない。
この価値観に同意する者ならば、彼らに対するヘイトスピーチ(と思われる)を正当化する理由は無いと理解できるだろう。

必要なのは、それをすることではなく、正しい歴史の真実を踏まえ、日本に於いては日本人を主体とした上で、日本人にも在日外国人にも公正で、不当な差別やあるべきではない優遇が無いようにする環境づくりではないだろうか。