確固たる意志をもって事にあたれば、自ずと道は開けてくる。
有名なリンカーンの言葉です。
この言葉・・今の私にとって、たいへん心に響きます。
この機会に暫く放置しておいたこのブログを、
また始めるこのになった経緯をお話します。
ある著名な先生にブログを再開するように勧められたことが一番の理由ですが
その先生には、占いの道に進むことも薦められました。
先生曰く、「少しその力があるからやった方がいい。」とのことでした。
実はずいぶん前に言われたのですが、不安や自信の無さに加え日々の忙しさに追われて
なかなか趣味の域を脱することができずにいました。
また、占いの道に進むことに躊躇していたのには理由があって、
以前、手相をみた方に「後家相」があるといったことがあるのですが、
その後、その方の旦那様が余命を告げられたことを知り、
怖くなってしまいました。
また、別の方に経済的に不利な状況にたたされるといったときには、
家族の経営するお店が経営が成り立たなくなり
その方も負債を抱えることになってしまったということもありました。
自分の言うことで幸せになるならいいのですが、
皆さん、不幸なことが当たってしまい、
何のためにやっているのかわからなくなってしまったからです。
確かに子供のころは、不思議な体験や不思議なものを見ることが度々あったのですが
あまりにはっきりと見えるので他の人たちにも見えていると思っていました。
その反面、こんなに大変な状況が目の前に繰り広げられているのに、
どうして誰も驚かないんだろう?と不思議に思ったこともありました。
そんな時は母に、
「あの人はどうしてあんな格好で道の真ん中にずっと立ってるの?」とか
「あのおじさん、あんなにたくさんの血の塊の横で倒れてるのに、
どうして誰も助けないの?」とか聞いたものですが、
その度に母は、「そんなこといいから早く来なさい!」と手を強く引き、
私の話をまともに聞いてくれませんでした。
もしかしたら母にも見えていたのかどうかわかりませんが、
その当時の私は、大人ってなんて冷たいんだ。世間はなんて冷たいんだ。
と思っていました。
だって、誰一人その光景に目を止める人も振り返る人もいなかったからです。
時が経ち、その後オカルトブームがきて、
テレビでそういう現象の番組などを目にするようになって
自分が見ていたものはもしかして自分にしか見えていないのかもしれない
と思い始めたのですが、そのことを誰にも話さずにいました。
なぜなら、父がそういうものを全否定する人だったからです。
その世代のお家ではそうだったように、我が家でも父のいうことはゼッタイ
でしたので、家の中でその類の話はできませんでした。
反対に、東北出身の母は信心深く、どんなものにも命が宿っているのだから
粗末に扱うな、という人で、
母の家族もまた、貧しいながらも神棚を祀るなど信心深く、
母の妹にあたる叔母はよく予知夢を見る人でした。
しかし父の影響からか次第に私も否定的な考えに傾いていき、
科学で証明できる理由を探すようになっていきました。
不思議なことがあっても気のせいなんだろうと思うようにしてきました。
実際その方が楽だったからです。
それでも占いには興味があって、
隠れてタロットなんかで友達を占ったりしていました。
ところが、本当にそういう力が強かったのは、
実は父の方だったようなのです。
昔から勘の強い父でしたが、父は晩年、自分は念が強く
自分に辛く当たる人たちは皆いなくなってしまうなどの話をすることがありました。
父の妹にあたる叔母は子供の頃そういうものをよく見ていたこともわかりました。
戦争に行ったまま帰らぬ人になってしまった彼らのお兄さんが、
立派な軍服を着て帰ってきて幼かった叔母の頭をなでながら「いい子でいるんだぞ」と言ったことをはっきり覚えている。
その時、腰に差していた軍刀の鞘の色や形状をはっきり覚えていて、後からそれが本当に軍のものだということが分かったそうです。
その父が亡くなって4年になろうとしています。
父が亡くなってから、私の勘が急に冴えるようになりました。
あ、でも・・新元号が決まる前に、新しい元号は「R」で始まると思うと周りに言っていたのですが、そこまでは当たりました。
しかし、私が予想した新元号は、「礼明」か「黎命」、もしくは「E」から始まる「えいこう」。「れいわ」の音も思い浮かんだのですが
昭和と被ってるからと打ち消してしまいました。
惜しいといえば惜しいですが、ハズレはハズレです。
それから・・これはあまり言うと不謹慎になるかもしれませんが、写真をみてその方が生きておられるか、もう亡くなってしまわれているかが
わかるようになりました。
ニュースなどで画面に映る写真なども、その結果があっていることが多いです。
手相でいうところの「神秘十字」という線が私の右手に一つあり、左手にはちょっと怪しいズレた十字らしき線があったのですが
父の死後、左手の線はハッキリとした十字になり、その上の運命線ともつながりつつあります。
そういえば、父の両手には非常にくっきりとした神秘十字線がありました。
昔から何故か生きることに執着がわかない私で、自分のための人生を生きるということがどうゆうことなのかわからないまま今日まできました。
誤解のないように言っておきますが、死にたいということではありません。
ずっと不仲だった両親のため、母が父に八つ当たりされない様に守るため、病気になった父のため、そして今は認知症になってしまった母のため
と病弱なペットのためと、誰かのために生きることしか考えが浮かばないのです。
当たり前ですけど母もペットもそのうちにいなくなるでしょう。その時に独りぼっちになった私が生きることに目的をなくしてしまわない様に父が後押ししている気がしてきたのです。
占いの結果が不幸なことばかり当たってしまうことが悪いのではなくて、その結果に対して対処の方法を知らない私の力不足がいけなかったのです。
これから本格的に勉強して、たった一人でもいいので、少しでも救われたとか元気になったなど誰かの力になれるように微力ながら頑張っていこうと思いました。
その最初の一歩として、ブログから始めた次第です。
ちゃんとした形で看板を上げるのにはまだまだ時間がかかるとは思いますが
焦らずじっくりと力をつけていきたいと思います。