出産を機に専業主婦になった -19ページ目

出産を機に専業主婦になった

2016年に結婚
2017年に第一子出産
2021年に第二子出産
現在は専業主婦で子育て専念中
フォロー申請歓迎です。

私が卒業したのは「社会学部 社会学科」です。



高校生の時、何を思ったのかこの学科を専攻して学びたいと感じ受験しました。

高校1年生の頃は、経済とか経営とか専攻しておけば将来無難でしょといった安易な気持ちでいました。そんな考えだった私が一体どんな経緯で社会学科を目指したのか。自分でも全く覚えていません。



ですが結果、私の人生の選択の中でも非常に大正解だった選択でした。とてもおもしろい学問でしたし、もし大学4年間やり直せるとしてもまた社会学科を選ぶでしょう。


(余談ですが、地理学という講義がとても興味深く、大学1年生の時に受講したのですが、今でも先生が講義で話されていた内容を覚えているほどです。)




さて。ご批判もあるかもしれませんが、私が最近感じたことを書いてみようと思います。


あくまで、私が最近思うことについて考え方です。こう言う考えの人もいる、と言う程度に読んでいただければ幸いです。正解なんて、ないんだと思います。



つい数年前までは「男らしさ」「女らしさ」といったような考え方は、私の中では特段悪いことでもなければ、そんなもんだというような感じで特段気に留めるほどのことでもなかったわけです。いや、今でも私の中に男らしさや女らしさといったものの概念はありますし、その概念が悪いことだとは特に思っていません。



それが、近年「男らしさ」「女らしさ」というような考え方はよろしくない!みたいになってきて。



もはや「男らしさ、女らしさなんてことを押し付けてはいけないんだ!」という考え方を押し付けられているような気もして、それもまたなんか違うような気が…と感じでしまいます。



娘がプリキュアが好きで、ここ3作ほど観てきたわけですが、デリシャスパーティプリキュアでは、一昔前でいう?オネエ(この言葉も、もはやよろしくない言葉だったりするんだろうか…)なキャラクターが出てくるわけです。そしてついに今回の新作、ひろがるスカイプリキュアでは男の子のプリキュアが出てくるらしいとか。もう、完全に時代を反映してますよね。


でも、それが逆に私には押し付けに思えてしまう部分もある。


これまで、プリキュアは女の子!だったのが、男の子だってなれる!また、オネエだって身近な仲間!…これがいけないことだとは全く思っていません。時代だなあと感じる程度です。



ただ、私はプリキュアになるのは女の子だと思ってきたし、プリキュアは主に女の子が好むアニメだと思ってきました。でもだからといって、男の子はプリキュアにはなれない!とか、オネエなんて身近にいない!とか、男の子がプリキュアを好きじゃおかしい!とかそんなことわざわざ思っちゃいないわけです。



それなのに、男の子だってプリキュアになれる!オネエだって仲間!男の子だってプリキュアが好きな人もいる!みたいにされると、逆にそういう考え方を押し付けられているような気がしてしまって、そこに違和感を感じます。



そして、その押し付けられて無理にそう思わされる世の中は、果たしてその当事者たちにとっても生きやすい世の中なのか?疑問に感じることもあります。



そんなことを書くと、差別だなんだと言われてしまうかもしれません。



また、他にもいろんなことを「差別だ」と言うことについて。なにかと違いを見つけては「差別だ」と主張する人の方がよっぽど差別的だと私は感じます。



なぜなら自分は、差別的な意図など全く持っていない、それどころか、わざわざ区別しようだとか、あの人は自分とは違うんだ!とか、そんなことわざわざ思っちゃいないようなことについて、それは差別だ!と指摘する。



それを、あの人だって一緒なんだ!と無理に平等?を押し付ける人の方が、よっぽどその人のことを区別し、差別した目で見てるのではないでしょうか。そう感じるのは私だけでしょうか。




話は変わって、さらにびっくり。え?と思ったのは、男女でトイレを分けるのはおかしいというもの。



女の自分からすると、やっぱり女子トイレが安心なんです。オールジェンダーレストイレしかない、なんてことになったらちょっと外出先でトイレに行くのを躊躇してしまうかも。



男女平等、ジェンダーレスとは言いますが、どうやったって男と女のからだは違うんです。それってもう、考え方とか思想とかそういうものじゃないじゃないですか。



でも、なかには自分の実際の体つきとは違うトイレに入りたいという人もいるでしょう。その場合には誰でも使える多目的トイレを近くに設置し、使ってもらえばいいと感じます。



私も1歳児の母なので、やはりこどものおむつ替えなんかは多目的トイレのほうが広くてお姉ちゃんも一緒に連れて入るには都合がいい。ありがたいです。



ジェンダー云々に限らず、赤ちゃんからお年寄りまで誰にでも優しい多目的トイレ。多目的なんです。女だとか男だとかじゃなく、必要と感じれば誰でも使えるトイレ。それがそばにいくつかあればいいのでは?と感じます。



それを、なんでもかんでも区別は良くない、ジェンダーレスといって男も女も一緒にしてしまう。それって私たちの望む「平等」ですか?



出産や子育て、仕事だって同じです。結局、こどもを産めるのは女性だけです。また、体力だって男性の方が女性よりも優っている部分は否めないと思います。



家事や育児、必ずしも女性が得意で男性が不得意なんてことはありません。でも実際、多くの家庭では女性が家事や育児に多くの時間・労力を割いている現実があると思います。



でも今世の中は、社会は、政治は、男女は平等だという名のもと「女性の(社会での)活躍」といって女性も外でバリバリ働きましょうという流れが大筋です。



でも現状、家に帰ればやはり女性の家庭内での役割負担は大きいと感じます。そういった家庭が多くを占めていると思います。(もちろん、夫婦共働きで家に帰れば旦那様がバリバリ家事育児をこなしてくれるというご家庭もあるでしょう。今回はそういった家庭のことは置いておきます。)



それでも社会に引っ張り出され、男性と同じように働けというのは果たして平等なのか。平等って、なんですか?よくわからなくなります。



最近、みんな平等なんだ!といったような内容の話を聞くと疑問しかありません。その平等は誰のための平等なのか、そもそもそれは平等なのか…。



もう一度言います、平等って、なんですか?