しんいちろうです
paroleの想い出 話、最終回です(笑)

このアルバムまでの道のりと、収録曲についてと、15周年後のこと、記したいと思います

とても幸せに感じた10周年イベントだったなぁ
その後、なぜか、少し
気抜け状態のような感じになってしまい…
僕らの指標がなくなってしまったような…
またもや、低迷期へと
個人的には、この時期、僕は社会的にみて、妻子ある身の、働き盛りの男性という状態像となり、心も変化してしまったのか? バンドマンとしての心意気が少し薄れてしまっていたのかな…
ですが、老け込まないようにと(笑汗)、ライブは楽しく続けていました
しかし諸事情により、ドラムのSElさんが正式に脱退して、2015年の春頃から、再びサポートドラムに支えていただきながら、活動することになりました
その過程の中で、当時よく対バンしていたAnother Side Of Love の、かおるさんと知り合い、ドラムサポートをお願いすることになりました
初めて音を合わせた時から、かおるさんとの相性のよさを感じ、とても自然なかたちで、paroleの活動を共にするようになっていきます
かおるさんのお陰で、安定的にとても充実したバンド活動ができ、15周年の節目もみえていき、新たなparoleの時代が訪れ、気づけば、やっぱり僕もバンドマン!
出逢いに恵まれ、バンド活動を諦めない強い気持ちを抱くことができました

そして、15周年を記念した、ミニアルバム『ささやかなキセキ』をリリースしました
収録曲について、です
1 『マイライフ』
僕の父が他界した年齢になる42歳の頃に、書いた曲です
僕にとって、この大きな節目に、子供頃よく眺めてきた景色や場所を、巡り、曲にしたいと思い、実行してみました
なぜかというと…赤子から4才までの間の 僕が、父と一緒に眺めた世界を歌ってみたいという願望があったからです
結末としては、父から、今の僕が帰るべき場所や、今 僕が存在しなければならない場所について、考えるように ささやかれた 紀行となり、このマイライフが生まれました
このストーリーを、同じ時代を生きてきた、かおるさんと あらたさん が、共感するように、受けとめてくれて、歌心溢れる豊かなリズムが生まれ、しみじみするparoleらしいpopな世界を描くことができました.
今でもライブでよく奏でるparoleの代表曲です
2 『時の光』
10周年が過ぎて間もない頃、僕がソングライターとして、スランプに陥った時期に、飛躍していく仲間たちのライブを観て、目が覚め、この曲を描きました
社会的な立場は気にしないで、昔みたいに自由なことをしようと、あらたさんと模索して、アレンジを練っていきました
原曲はミクスチャー気取りのラップとか入れていたなぁ…
paroleらしくないと、却下しましたが…(笑)
この曲のドラムについては、Hina-changさん、野田さん(けだま)に叩いていただき、そして、かおるさんへ と
癖のある変則的な曲ならではの、ドラムの雰囲気が三者三様で、皆さん 素晴らしかったです
3 『おやすみSTORY』
この曲は、2011年頃から何度も作り直し、約2年以上かかって、完成した楽曲です。
僕の中でAメロがしっくりしすぎて、それから…うまく繋げられず…曲の方向性もよくわからない感じに陥り、月日だけが流れていきました
完成したきっかけになったのは、2013年に第一子が誕生し、親バカ絶頂期の頃(笑)、仕事から夜遅くに帰宅し、赤ちゃんだった息子の すやすや眠る寝顔が愛おしく想い、込み上げてくるような、その気持ちを、おやすみSTORYというラブソングに乗せてみようと思ったことでした
その流れによって、納得のいくかたちで一曲にでき、あらたさんからOKもらって、バンドでやってみることになりました
アレンジは、あらたさんのコーラスのセンスが際立つ、フォークロックに仕上がりました
ドラムは、時の光 と同様の流れで、三者三様それぞれ素晴らしく、温かく深みのあるリズムの中で、ライブで奏でてきました
レコーディングでは、かおるさんのコーラスが加わり、より温かさのある羽毛布団のような音源に仕上がっています
4 『港町サウンドミュージック』
この15周年アルバムの構想の中で、ノリよい曲が一つもない…と気づき、とにかく急いで(笑)、勢いよくボールを投げるような気持ちで、ただただ感覚的に作った曲です
それにしては、ネオアコースティックなアレンジが似合うちょっと洒落た雰囲気があるという課題がありました
あらたさんの提案で、アッパーな曲にするには、ラモーンズのようにやってみようーと言うことになって(笑)
そして、かおるさんのドラムと合わせてみると、疾走感が半端なく、うぉー楽しいーって感じる早いテンポのポップロックに、変身を遂げました
早い曲に苦手意識があった…僕らparoleが、それを払拭できた曲でもあるんだなぁ
5 『Oh!ビューティフル DAYS』
2011年、独身最後に、僕の中にある 儚さとか、思い出にすがる弱さみたいものを、一曲にしようと思って、描いた曲です
まるで日記を書くようなソングライティングだったので、デモ作成後は、こころの中にとどめておこうと思ったのですが、2012年、当時のサポートドラムのHina-changさんと初めて新曲をやってみようーという時期、複数用意した曲の中に、この曲のデモも一応入れてみたら、メンバーにノミネートされました…笑
とても個人的な感情に溢れていて、ちょっと恥ずかしい気持ちもありましたが、スタジオリハを重ねていくうちに、僕の手を離れ、ちゃんとparoleの曲になっていきました
また言葉の綴りに見合った情緒感あるリズムアレンジとなり、あらたさんとHina-changさんの感受性に、感動するばかりだったな
そして、この曲は、かおるさんのドラムに引き継がれ、無垢さとか素直さとかも表現され、paroleらしく、このアルバムの最後を飾りました
うまくは言えないんですが、この曲を通して、奏でいて、我を忘れてしまうという純粋さを 覚えたんだよなぁ

色んな葛藤をかかえながら、かおるさん、あらたさん、僕の、3人で、お互い励まし合い、同志の仲間の方々と BAYSISさんに支えていただきながら、出口の見えない長いトンネルの中で、活動してきました
今、振り返ると、色んな価値観や色んな判断があった…一つ時代に、立ち向かいながら歩いた…時期だったように思います
その一つの時代の、長いトンネルをくぐり抜けられたのは、温かい気持ちで、僕らの活動を、理解して下さった皆さん、支えてくださった皆さんのお陰です
そして、家族にも心配をかけました
感謝しかありません
2016年頃から、paroleのドラムを担ってくれた かおるさんが、今年の1月のライブで、諸事情により脱退することになりました
paroleの世界を、真心込めて叩いてくれた、かおるさんがいなかったら、コロナ禍で、多分、paroleは自然消滅していたと感じます
今、こうして、20周年を迎えられているのは、かおるさんとの日々があったからこそです
かおるさんに、心から、ありがとう を

今、僕らの20周年イヤーを、盛り上げるように支えくれているサポートドラマーは、優葉さんです

優葉さんの熱心なご協力により、レコーディングもいい感じに終わり、11/30パロフェスの日に、配信リリースする運びになりまたー
レコーディングエンジニア
studio just 中村さん
今回もジャットを手掛けてくれた
ramuneさん
本当に、ありがとうございます!!

20年間の想いや経験が詰まったこのミニアルバムを、ぜひ聴いてほしいです
3回に渡り、20年を振り返るブログを書いてみた所感を…
この作業は、まとめることに難航し、重みのあることだったような印象が残っています
しっくりくる文脈が浮かばなかったですし、すらすら書けず、途中で、くじけそうになったりもしました…(笑汗)
20年前、ただの社会人バンドとして、気楽に始めたつもりでしたが、20年間バンドを続けることって、苦労もあり、とても大変なことだったなぁ…と、ブログを書きながら、改めて痛感しました
子供たちに、なぜ大変な思いをして、くじけながらも、バンドを続けてきたの?と聞かれたら
それは、すぐ言えそうな気がします
『paroleというバンドが、
好きだからだよ』

もうすぐ、パロフェスがやってきます
あっ、20年を振り返る感傷に浸る暇はなかったです(笑)
緊張してきたなぁ
でしたー
!!!