家賃の減額交渉が成功しました。
来年の4月の契約更新までの
期間限定ですが。
家賃3割減成功しました。
4月以降も、
現在の家賃より、
安くしてもらうことができました。
心よりお礼を申し上げたいです。
なお、パルラン横浜イセザキモール店は、
現在飲料の自販機が6台あります。
それぞれみんな電気代以上に頑張って
家賃の負担を埋めてくれています。
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今は、支出を抑えることだけ考える。
仕入れをやめる。
スタッフを採用するのをやめる。
家賃の値下げ交渉を行う。
リース料の支払を延期する。
カッティングシートは自分で作る。
外食は一切しない。
一人で店番でも、
自作の丼にサランラップを巻いておけば、
十分なお弁当になる。
もちろん服は買えない。
そのかわり、今まで整理に困った古着を、
パルランに寄贈する事で、
随分収納スペースができた。
気分も晴れ晴れする。
アイロンがけが毎日の日課になる。
これも気持ちが良い。
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やはり持つべきは友人
福音がやってきた。
中学からの友人と連絡がとれた。
古着を売ってくれるそうだ。
本当にありがたい。
これで、精神的にも立ち直れる。
私は、一橋ではないのだが、
水の如し「如水」の友人たちがいる。
困ったときに、お互いに助け合う、
一生モノの友人たちだ。
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俺は本当に成功したいのだろうか。
18歳で浪人した。
その時から、ずっと独立したいと思っていた。
そのあと、2つの会社を経て、
33歳で独立した。
中古車輸出をやりたいと思っていた。
しかし、中古車輸出は思いだけのまま、
ヤフオクで生活するようになった。
スタッフを雇うようになって、
売上が飛躍的に伸びたので、
37歳で会社を設立した。
しかし、設立2ヵ月後には、
設立直前に私だけで立ち上げた、
実店舗中心の方針に反対されて、
スタッフが全員辞めてしまった。
その後入ったスタッフは、
とても、良いスタッフで、
半年後にはパルラン川崎店の店長を任せた。
僕は、銀行がたやすく融資してくれることに、
いい気になり、
パルラン横浜イセザキモール店を立ち上げたものの、
実績を上げられないにもかかわらず、
のうのうと暮らしていた。
すると、急速に業績が悪化し、
川崎店の店長を辞めさせ、
川崎店も閉じてしまった。
今、彼女らには、とても悪いことをしたと思っている。
今年40歳になっても、業績は一向に回復せず、
3期連続赤字決算になってしまった。
とうとう銀行から、融資してもらえなくなった。
古着屋に業態変更して、
頑張ろうと思っている矢先、
僕の行動が原因で、
スタッフが全員辞めてしまった。
悪いことをしたと気付いたのは、
後になってからだ。
しかし、もう謝ることすらさせてもらえない。
また、一人になった。
24時間営業は、
これで諦めざるを得なくなった。
求人を出してはいるが、
本当のところ、給料を払える余裕はほとんどない。
自分自身の給料は当然もらえない。
一人で何ヶ月耐えられるだろうか。
前回と違うのは、将来の展望が見えないことだ。
しかし、一人だけで、仕事し続けたくない。
どうしても、スタッフが欲しい。
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40歳の今ごろになってようやく気付いたこと
40歳の今ごろになってようやく気付いたこと・・・
恋愛って、必要だからするものではなく、
楽しむためにするものなんだね。
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