ひとつのドラマをふたつに分けてレビューしています。
今回はいよいよサイムダンとウィソングンの物語を語ります。
ネタバレしています。(長くなりました。)
出逢いは、少女の頃。絵のことになると前しか見えないサイムダンは「金剛山図」が宜城君宅にあることを聞きつけ、その絵がみたいあまりに塀を乗り越えてしまいます。
そこで出会ったのがウィソングンでした。
二人は共通の趣味である絵や芸術で意気投合。やがて愛し合うように。
婚約も果たし、婚礼の日を待つばかりの二人。
しかし、サイムダンの父の過去の話が持ち上がり、父だけでなく、サイムダンと
ウィソングンの命も危うくなります。そのため、サイムダンはウィソングンを愛するが故に
別の人に嫁ぎ、その甲斐あって二人は命を長らえます。
そして、約20年後、二人の歯車が再び動き出します。
お金にルーズな夫と4人の子ども達に献身的に尽くすサイムダン。
一方、ずっとサイムダンを引きずって荒れるウィソングン。
ウィソングンは20年前、なぜサイムダンが突然別の男に嫁いだのか、はっきりとした理由を
知りません。
なので、サイムダンを責め、自暴自棄の生活を送っていました。
しかし、子どもと一緒の幸せそうなサイムダンを見かけてヒントを得て、犬の親子の絵を
描いて、ようやく画家として再起。身分に関係なく、芸術を愛する者を育てる場所を
作ります。
サイムダンが夫や子ども、仕事、いろんなことをがんばるほど、ウィソングンへの想いを
抑えるために頑張っているように思えて、痛々しく感じました。
サイムダンに絵を描いてほしいウィソングンは、苦労するサイムダンを見ていられなかった。
「今のままでいい。流民や家族のために生きればいい。それがそなたの道なら、
私はそなたを近くで見守ろう。そなたが他人の妻でもかまわない。」
「我らの行く道が永遠に交わることがなくても、私はかまわぬ。生涯そばにいる。」
ウィソングンがサイムダンに想いを告げます。この時の声が甘くて優しくて・・・。
その後、サイムダンには何度も何度もピンチが訪れますが、そのたびにウィソングンに
助けられます。
つかず離れずで見守り、ピンチには必ず来てくれる。
何の見返りも求めず、ただサイムダンの幸せと笑顔のために。
手を伸ばせば抱きしめられるのに、手を握れるのに、決して手を出さないウィソングン。
連れて逃げて!と、胸が苦しくなるくらいその想いは純愛でした。
お互い出会ってから、生涯変わることのなかった想い。
しかし、サイムダンの子ども達への愛も本物。子どもへの接し方、言葉の選び方、
向けるまなざしも愛にあふれていました。あんな母になりたかった・・・。
その後、命を狙われたウィソングンをサイムダンが海外へ逃がします。
永遠に会えなくなることが分かっている別れ。なんだか、映画「情愛中毒」のラストを
思い出しました。会うことがない人を想いながらの人生・・・。
辛いのか、幸せなのか・・・。
サイムダンを思いながら外国を歩き、たどり着いたイタリア。
その地でサイムダンを想いながら、ウィソングンは絵を描くことに没頭します。
ラストは、短いながらも人生を全うしたサイムダンがウィソングンとトスカーナの並木道を
並んで歩くシーン。やっと会えたんだな~、やっと結ばれたんだな~と胸が熱くなりました。
お互いをこれほどまでに愛し愛された人生。現世で結ばれてほしかったけれど、幸せそうに歩く二人の姿を見ることが出来て、涙が止まりませんでした。
史劇の愛はいつも思う。今の時代なら、簡単に想いを遂げられるのに・・・。
時代に翻弄された愛、きっとたくさんあったでしょうね。
そして、もしかしたら現在もあるのかもしれません。
こんな大きな愛に包まれてみたいと思うやむやむでした(^^)
きっと、何度も見たくなるドラマの1つです。
イ・ヨンエさんとスンホンssi、美しいお二人でした。
そうそう、御真画師もありましたね!
やはり、想い合っている絵師同士が描く様子は、なまめかしく妖艶な感じがしました。
実在した人物、実際に起こった出来事を織り交ぜてのフィクションです。
歴史を語ると長くなるので、あえて書きませんでした。
サイムダンは実在の人物で、良妻賢母の鏡としてお札にもなっています。
ウィソングンは架空の人物ですが、モデルになった人があるそうです。
天国のシン・サイムダン氏。
こんな素敵な物語を描いてもらって、どう思われているでしょうね。
また見返したくなるドラマになりました。
3回に分けてのレビューになりましたが、おつきあいありがとうございました♪



















