農協改革、廃止迫られた全中の「孤立無援」  編集委員 吉田忠則

 官邸と農林水産省の作戦勝ちと言っていいだろう。農政改革の柱の農協制度の見直しで、農協の上部組織の全国農業協同組合中央会(JA全中)を標的にしたことだ。農協法に基づく全中の制度を廃止することを決め、全中の力を弱めるための道筋をつけた。

■「何も実現しない失望感」

JA全中の万歳章会長は政府・自民党の農協改革案を受け入れた(2月9日、自民党本部)
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JA全中の万歳章会長は政府・自民党の農協改革案を受け入れた(2月9日、自民党本部)

 「農協内部から、全中への擁護論はいっさい出なかった」。農水省の幹部は決着までの経緯をそうふり返る。「その程度の力しかない組織だったということだ」。この言葉は、全中がおかれた立場を端的に示す。

  全中は地域農協の健全性を監査し、指導するのがおもな役割。各地の組合員を東京に集めて集会を開き、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対するなど、政治 的な動きも目立つ。政府・与党と全中の今回の協議で、全中の監査・指導権を廃止し、農協法に基づかない一般社団法人に衣替えすることが決まった。

  なぜ全中の力を弱める改革に、農協の内部から強い抵抗が出なかったのか。「いくらTPP反対で動員をかけられても、何も実現しないことへの失望感があ る」。北陸地方の有力なコメ農家はこう話す。全中がどれだけ圧力をかけても、競争環境の激化を防げないことに気づいたのだ。

吉田忠則(よしだ・ただのり) 89年日本経済新聞社入社。流通、農政、保険、政治、中国などの取材を経て07年から経済部編集委員。主なテーマは中国経済と日本の農業。

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 農林中央金庫など農協のほかの上部組織の関係者からも冷めた声が漏れる。「農業強化が必要なのに、政治的に動いて現状を維持しようとする全中を守ろうというムードはない」。監査権の維持にこだわり続ける全中の姿は、単なる組織防衛にしか映らなかった。

 一方、官邸は政権の意向にあからさまに逆らう全中へのいらだちを深めていた。その象徴がTPPへの反対運動だ。安倍晋三政権が成長戦略の重要課題に掲げるTPP交渉を阻むため、都内でくり返し反対集会を開く全中を、快く思っていなかったのは間違いない。

■一枚岩でないトライアングル

 農水省内でも、全 中にメスを入れるべきだとの機運が高まっていた。農協と農水省と農林族はよく「農政のトライアングル」などと呼ばれ、利害を共有しているように思われがち だ。だが実は農業の競争力強化へ農政が傾こうとするたび、政治力をふるって阻んできた全中を、苦々しく思う農水官僚も少なくない。

農協、農水省、農林族による「農政のトライアングル」もいまや一枚岩ではなくなった
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農協、農水省、農林族による「農政のトライアングル」もいまや一枚岩ではなくなった

  全中をターゲットにした農協改革の構図はこうして決まった。全中は組織が小さくなる一方、全国農業協同組合連合会(全農)は協同組合から株式会社に転換 し、いまより自由に事業を展開する道が開けた。巨大な農協組織も農政のトライアングルもかつてとは違い、一枚岩ではないことが浮き彫りになった。

  今回の決着には「単なる組織いじり」という批判もある。全中の力を弱めただけで、農業が活性化するわけでは当然ない。ただ政府は改革の狙いを「地域農協の 経営の自由度を高めるため」と説明してきた。有力農業法人「こと京都」(京都市)の山田敏之社長は「農協のやる気のある職員がこれまで以上に力を発揮しや すい雰囲気になるだろう」と指摘する。

 改革の本丸は、各地の農協が農業振興に本気で取り組むことにあるが、それは制度を変えただけででき ることではない。強制もできない。全中が自分たちの声を代弁し、守ってくれる時代は過ぎ去ったことを直視し、農業に役立つ組織に生まれ変わらなければ、地 域も農協も衰退することに気づくしかない。