米大手証券リーマン・ブラザーズが破綻し、世界が大混乱に陥ったリーマン・ショックから、すでに6年が過ぎています。銀行や証券会社を自由に活動で きないようにする規制強化の動きは、まだ続いています。逆風がやまないのは、金融機関たたき(バッシング)以上の理由がありそうです。

■取引と資本で強い規制

  リーマン・ショック後に導入された金融規制としてよく知られているのは、米国の「ボルカー・ルール」でしょう。「ウォール街改革及び消費者保護法」、日本 での通称「米金融規制改革法」の中核を成す規制で、金融機関に自己資金による有価証券売買を原則禁ずる内容です。投資ファンドへの出資も制限しています。 銀行・証券が証券化商品の取引やファンド投資などを通じて、過剰なリスクを抱えてしまったことへの反省から、このようなルールがつくられました。全面実施 されるのは2015年からですが、自己売買部門の閉鎖など前倒しの対応が進んでいるようです。

小平龍四郎(こだいら・りゅうしろう) 88年日本経済新聞社入社。証券会社・市場、企業財務などを担当。2000~04年欧州総局(ロンドン)で金融分野を取材。現在、証券部編集委員兼論説委員。

  こうした取引規制だけでなく、資本に関する規制も厳しくなりました。世界の金融監督当局で構成するバーゼル銀行監督委員会がつくる「バーゼル3」という規 制です。内部留保と普通株を中核自己資本となづけ、融資などのリスク資産に対する中核資本の比率を7%以上に保つことを求めています。13年から段階的に 実施が始まり、19年までの達成が義務づけられています。

 さらに、破綻した場合に金融システムへの影響が大きそうな巨大金融機関に対して、「バーゼル3」で求められる水準に1~2.5%を上乗せした自己資本比率を達成するよう義務づける「G―SIFIs」規制もあります。

  取引と資本の両面で強い規制が課された結果、金融機関の収益力はかつてほど高いものではなくなりました。自己資本利益率(ROE)と呼ばれる資本生産性を 示す指標に、それがよく表れています。米国のゴールドマン・サックスはリスク管理に定評があり、リーマン・ショックの痛手から立ち直っていますが、14年 4~6月期のROEは年換算で10.9%と、米企業としては並の水準にとどまっています。

金融危機が起きる前のゴールドマンは、借り入れで資産を膨らませ、高リスクの自己売買で収益を上げることにより、30%を超えるROEを上げていま した。最盛時の四半期には年換算40%超だったこともあります。それが今では10%そこそこ。この落差が「ボルカー・ルール」と「バーゼル3」の厳しさを 端的に表しています。

 世界的な金融規制を議論するのは金融安定理事会(FSB)という国際機関です。FSB関係者の話を1年ほど前に聞い たことがありますが、取引や資本に関する厳しい規制を課されることにより、「金融機関のインフラ化が進む」と指摘していました。イメージとしては電力やガ スなどの公益産業で、「華々しさとは無縁の目立たない企業になるだろう」とも言っていました。電力やガスだって規制緩和は進んでいます。金融は最も自由度 の低い産業になっていくのかもしれません。

 何ともおもしろみのない話ですが、足元の現実はその傾向を加速させる方向に動いています。

■巨大金融機関にはさらなる資本規制も

ケアンズで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議では、金融規制も共同声明に盛り込まれた=ロイター
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ケアンズで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議では、金融規制も共同声明に盛り込まれた=ロイター

  9月20~21日にオーストラリアのケアンズで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議では、世界経済の底上げといったテーマのほ かに、金融規制も共同声明に盛り込まれました。「大きすぎてつぶせない」(Too Big To Fail)という問題に対処するため、世界的な巨大金融機関への資本規制をさらに強めようというものです。

 破綻にひんするほどの損失が発 生し、内部留保や株式で構成する純正資本だけで対応できない場合に備え、「第2資本」というべき資本性の強い負債を積み立てておくよう求める、という内容 です。やや難しく聞こえるでしょうが、正式には「破綻時の損失吸収力(Gone-concern Loss Absorbing Capacity=GLAC)」規制といいます。普通の債券は経営が破綻してもいくらかの元本が返ってくることも多いのですが、GLAC債券は株式のよう に紙くずになるリスクが高いのです。こうした債務を積みたてさせることにより、金融機関が資本不足に陥っても公的資金で救済しなくても済むようになる、と いうのが監督当局のもくろむところです。

「バーゼル3」に「G-SIFIs」の上積みが加わり、さらに「GLAC」対応まで含めるとすると、金融機関の総資産に対する割合は16~20%に なるともいいます。もちろん今でも各社は資本性の強い負債を持っているため、必要以上に慌てる必要はないのですが、それでも一定の対応は迫られます。 GLACに対応する特殊な債券を発行するか、さもなければ、融資など計算の分母となるリスク資産を減らす必要が出てきます。巨大金融機関ほど規制でがんじ がらめになり、自由が奪われる傾向は強まりそうです。

■景気に悪影響も

  銀行や証券会社への規制強化は金融システムを安定させる効果がある半面、融資の伸びなどが抑えられるため、景気に良くない影響を与える可能性があります。 米連邦準備理事会(FRB)が10月に量的緩和を終了し、来年のどこかの時点で利上げに踏み切るとみられるなど、世界経済の潮目は変わりつつあります。米 金融政策の変化が欧州や日本、新興国の景気に与える影響には読み切れない部分が残ります。そんな状況だけに、国際的な金融規制の動向に目を配っておく必要 があります。

 不思議なことに、米欧の巨大金融機関の間で規制強化を表だって批判する動きは、あまり見られません。リーマン・ショック時に公的資金で救済されたところも多いため、当局に強く出られないという事情があるのでしょう。

JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO(2013年10月2日、ワシントン)=AP
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JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO(2013年10月2日、ワシントン)=AP

 規制強化に強く異をとなえていたJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)のような人物も、最近はめっきり静かになりました。

  ウォール街に厳しい姿勢をとり続けたオバマ米大統領の任期は17年1月に終わります。ウォール街から出張で日本にきていた米国人は「次の大統領がだれで あっても、今よりはビジネスがしやすくなる」と見ていました。規制される側の金融機関も今は経済の黒子に徹し、目立たないようにしていたほうが良いと計算 しているのかもしれません。