■絶対権力者の影
24日午後4時、東京・千代田区で行われた記者会見。4月1日付で社長に就任する浅野を挟んで座った会長の伊藤一郎(71)と現社長の藤原健嗣(66)の顔は、どこかしら誇らしげだった。
「ガバナンスを明確化し、社長に権限を一本化する『ワントップ体制』に移行する」との伊藤の言葉に、藤原はかすかにあごを引き相づちを打つ。6月の株主総 会後、藤原は代表権がなく取締役会のメンバーでもない副会長に就任。伊藤は会長のままだが、代表権は持たずに取締役会議長だけを務めるという。これも新社 長が慣れるまでの経過措置で、伊藤もできるだけ早い段階でアドバイザーのような役割に退き財界活動に軸足を移す予定だ。
4年前の2010年1月21日。共に副社長だった伊藤と藤原は、こわばった表情で自分たちのトップ昇格会見に臨んでいた。ふたりを挟んで会長の山口信夫(当時85)と社長の蛭田史郎(同68)が座ったが、会見を仕切ったのは山口だった。
「藤原君には前から目をつけていた」
「1週間前に伊藤、藤原コンビにすると決めた」
こうまくし立てる山口。自分は代表権を持つ名誉会長に「昇格」するのに対し、蛭田は単なる名誉職の最高顧問になるという処遇について「私は経済界、政界に
知人が多く後見人として年の功が役に立つ。蛭田さんには今後は自由に動き経営陣をサポートしてほしい」と説明した。主役であるはずの伊藤と藤原は伏し目が
ち。誰が旭化成の絶対権力者なのか、誰の目にもあきらかだった。
山口は自他ともに認めるキングメーカーだった。1960年代から90年代まで中興の祖として君臨した元会長の宮崎輝に仕え、1992年の宮崎の急逝 と同時に副社長から会長に昇格。2010年9月に85歳で亡くなるまでの18年間、その地位を守った。弓倉礼一、山本一元、蛭田、藤原の4代の社長人事は すべて山口が決定。政府の審議会や社外の民間団体の要職も多数歴任し、2001年から07年にかけては日本商工会議所会頭を務めた。
経営 者としての実績も抜群だった。70年代に担当した住宅部門を急拡大させ、「へーベルハウス」ブランドの大手住宅メーカーとしての旭化成の地位を築く先駆け になった。繊維などの不採算事業のリストラを指揮。総合化学への事業多様化を主導したほか、リチウムイオン電池材料などの拡大を推し進めた。
三井化学や三菱ケミカルホールディングスなどの総合化学会社に比べ収益が安定し、今期は最高益を見込めるのも、その源流をたどれば山口の多角化戦略に行き着く。間違いなく山口は産業史に名前を刻む名経営者の一人だった。
ただ権力を一手に握り、社内外に権勢をふるう山口の姿は、超ワンマンといわれ30年もの長きにわたり旭化成に君臨した宮崎を忠実に追っているようにも見え た。独特の勘と、もうかりそうなものに何でも飛びつく貪欲さで旭化成を屈指の優良企業に変えた宮崎。山口には、それがまぶしく見えたはずだ。だからこそ、 中興の祖を超える実績を求めて、生涯現役にこだわり続けたように映った。
■強すぎたキングメーカーの磁力
だが、そのカリスマ性と強すぎる権限の弊害が、2008年のリーマン・ショックの頃から目立ち始める。山口に取り入った役員の発言力が強まり、それに反発 を覚えるグループとの確執が激しくなった。「誰に根回ししていいのか分からない」(当時30代の中堅社員)というように、通常業務の遅延の原因になる事態 も起き始めた。
蛭田の社長から最高顧問への人事も、その文脈だと話す社内関係者は多い。蛭田は社長時代、各事業部門を独立採算で競わせる
持ち株会社制度の導入や、キャッシュフロー経営などの改革を矢継ぎ早に打ち出し財務体質を強化したが、これらを「独断専行だ」と山口に告げ口した者が少な
からずいたという。「山口が日商会頭の仕事に追われていたときは問題はなかったのだが、会社に戻ってきて子飼い役員の話を頻繁に耳にするようになると、蛭
田との意見衝突が起きて社内がギスギスしだした」(当時の役員)
ある意味とばっちりを受けた伊藤と藤原が、キングメーカーが君臨する社風の一新で一致したのは、至極当然の流れだ。重要な経営方針は藤原が案を練り 伊藤は聞き役に回りながらも、最終的には両者相談の上で意思決定するスタイル。対外的にオープンにはなっていないが、11年には内規を変えて「会長定年 制」を導入したもようだ。
■本流外しに込めたメッセージ
今回の藤原の後任候補は浅野の他に2人いた。化学事業子会社の旭化成ケミカルズ社長の小林友二(61)と取締役常務執行役員の小堀秀毅(58)だ。だが、 小林は高機能樹脂、小堀は電子部品という本流を歩み、社内ではともに伊藤、藤原の「お気に入りの人材」のイメージが強い。あえて傍流の浅野を起用すること で「私たちはキングメーカーにはならない」というメッセージを社内に発信したとも読める。
実務の上では、浅野がグループ経営統括と医薬・医療分野を担当。小林は化学・繊維、小堀はエレクトロニクスを担当する分業体制になる。ここでも「絶対権力者はつくらない」との意図が見て取れる。
今回の人事は昨年11月から伊藤と藤原が相談を始め昨年末に結論に至った。そして、伊藤は先代社長の蛭田と先々代社長の山本に報告にいったところ、両者の答えはそろって「スッキリしていい」だったという。=敬称略

