3月に生まれた初めての甥が、少し前からベビーカーデビューしたらしい。
そして、寝返りなんかもうてるようになったらしく、携帯で撮った写真が届いた!
二ヶ月前に会ったとき(↓)はしっかり意思表示をするとはいえ、まだまだ赤ん坊のからだだったのに!
なんだか顔がすっきりと大人びた。
それにしてもかわいらしい。
父親である兄の子供のときの写真に似ているけれど、特に口は母親似で上品だ。
二人の人間の特質を掛け合わせて新しい一個の人間が生まれる。
すごいことだ。
ふと、この二ヶ月、私はいったい何をできたんだろう、と考えざるを得ない。
時間は歳を重ねるにつれてどんどん早く過ぎるように感じる。
きっと一瞬一瞬の輝きに鈍感になってしまっているのかもしれない。
慣れる、ことと、当たり前を増やす、ことは似ている気がする。
高校時代に塾でやった練習問題に、
子供のころは、あまり目新しいことのない単調な生活をさせるべきだ、なぜなら、人生とは単調な日々の繰り返しであり、それを教えることが親の役目である。
というような文章があって、妙に記憶に残っている。
私はきっとこのmonotonous lifeをいまだに受け入れられずに、色々な場所へ放浪しているのだという気がしている。
生き急ぐこと、は実は遠回りなのかもしれないと近頃思う。
パリにいるこの時間、夕日に輝くセーヌ河やノートルダム寺院の美しさにしばし足を止めて浸ること。
カフェで道行くひとたちを眺めながら取りとめのない話をして午後を過ごすこと。
そんな、空(くう)のひと時を生活の中に持つこと、は人生の大切な物事への焦点をぶらさないで濃く生きる秘訣に思える。
昔を生きた先人たちは、便利な道具のない短い人生の時間の中でも偉業を成した。
測定可能な効率重視のアメリカ型社会に断固として異を唱えるこのフランスという国。
経済成長よりも大切なものごとが人生にはある、という考え方、を毎日少しずつ身体で感じている気がしている。
甥のように目に明らかな成長はもうできないかもしれないけれど、それでも私ももっともっと誠実に成長していきたいものだ。
きっと、次に会うとき、彼はそれを理解してくれる、かな。。?




