Bonjour à tous!
みなさま こんにちは。


いかがお過ごしですか?

今日は仕事が午後からなので、洗濯物を干しながら、

ぼんやりと映画を観ていました。

『100歳の少年と12通の手紙』予告編








白血病と闘う10才の少年オスカーは、自分の死期が近いことを、

或る日偶然知ってしまいます。

それ以来、医師にも看護婦
にも、両親にさえ心を閉ざしてしまいます。

そこへ現れた、ピザのデリバリーの ローズ夫人。

病院に似つかわしくない、
まっピンクのスーツに身を包み、

口汚い言葉遣いをする女性です。

そんなローズ夫人に、なぜか心をひらくオスカー。


めはいやがっていたローズ夫人ですが、「ピザの配達をするついでに

オスカー少年と話してやってほしい」と院長から頼まれ、


晦日までの12日間を彼と過ごすことになります。

それは同時に、彼に残されたわずかな時間でもありました。

1日を10年
と考えて生きて、神さまに1日1通の手紙を書くことを決めたとき、

少年の新しい人生が始まります…。




々、 エリック=エマニュエル・シュミット さんという方の書いた小説

だったので
すが、口コミで医師の間に広り、あっという間にベストセラーに。

世界40カ国語で翻訳されています。

下記、著者からの
メッセージも併せてどうぞ。

Oscar et la dame rose : reportage



中、オスカー少年が死の間際に出す手紙の中で、

このようなことを書いています。


「一日いちにちを、まったく初め
てのように生きることができたら…。

 どうか僕の両親にも、そのように生きることを教えてあげてください」


それ
は、実はかなり至難の業だなぁと思います。

そんなふうに生きている大人は、いったいこの世に何人いるのでしょうか。

「仕
事が忙しいから」とか、「時間がない」とか、あるいは

「自分はこんな性格/こんな年だから、そんなことはできない」とか。etc


どと言っていると、「この年になると、もう人生でときめくようなことって何もない」

などとうそぶくようになってしまうのですね。


際は、そのような機会がいくつも与えられているはずなのに、

目をつぶって見ないようにしているだけなのかもしれません。




分についている嘘を自分でも信じるようになると、

際限のないマインド・コントロールが続きます。

死の間際にあって初め
て、「自分て愚かだった」と気づいても、もう遅い。



人間は、いつか誰もが死にます。

大金持ちのセレブ
も、女優も、モデルも、政治家も、

あるいはホームレスのおじさんにも、あなたにも、私にも、

平等に死が訪れます。


「死」
を見つめるという行為は、後ろ向きなことではなくて、

実は同時に「どのように生きるか」を考えるということだと思います。


のように生きれば、死ぬ前に後悔しないですむのか。

「私は精一杯、生きた」と言えるのか。

私もまだまだ模索中です。



日は長々と書いてすみません。

でも、上記に挙げた映画は本当にいい映画なので

(フランス語の勉強にもなるし・笑)


味のある方はぜひご覧ください。


A bientôt!  それでは、また。