まったり日本から中国へ

まったり日本から中国へ

2013年より中国駐在の中で妊娠し、出産。
息子は帰国後は日本語ができませんでした。
2025年再度中国駐在へ。

小1の7歳の時にギフテッド?と思い、専門医にギフテッド認定を受けた息子。
日本のインターでの不登校の日々、今の中国での生活など忌憚なく書いて参ります。

息子が今回、こちらの中国でインター間の転校をした事で嬉しい事はたくさんありましたが、

結構仰って頂けた事がありました。


それが

見習いたい

というお言葉でした。


昨年度の8月にここ中国に来て、一番目のインターに息子がいき、白髪ができたりおかしくなり始めたのが10月。11月は途中からあまり行かなくなり、12月の冬休みに入るまで学校との話し合いは8回ほどになりました。(私も先生のヤバさに10月に気づけたのでよかった指差し

1月になり冬休みが明けて、息子に学校を辞めたいと言われたのがきっかけですぐに辞めました。

そして、1月には2週間の新学校での生活。


変われるもの、変わりたい先があるなら早々と変われば良いのです。


ここでも対応が早い、子供の事にここまで関わるのかと思った、学校に意見を言っても良い事を知れたなど、多く仰って頂けましたが、我が家は転校の経験がありすぎるからですね。対応や決断が早いのは。


新しい学校の日本人のお母さんにお手紙をもらい、そこには

「大きな学校からここに転校すると聞いて、転校をすぐ決める事に、なんて子供思いの優しいご家族なんだと思いました。何が大切かきちんとみれるようなあなたを見習います。」

と書いてありました。


なんかジーンとしました。

そうか、そう思ってくれているのかと。


自分で留学している場合を除き、確かに駐在できていて、すぐさま転校という手段は取らないかも知れませんね。

私達家族の場合は特殊な感じなので、なんだか嬉しかったんですよね。


もうどうしようもないものからは、息子が子供時代はさっさと環境を変えるしか方法はありません。

白髪ができて、毎日やつれた姿を見て、やりたい事も手をつけれなくなった息子にそのまま通えなんて言えませんからね。


人間、どこで輝けるかなんて行ってみないと、やってみないとわからないんですよ。


1つだけ分かった事は、

転校前の学校の親は、この学校で良いのか?といつも不安を持っている事。(不登校も何人もいる)

転校後の学校の親は、ここでよかったと、みんなが思っていた事。


やはり入ってみないとわからないんです。

転校前の学校はみんな、いいなと思うハードを持っています。ソフトはないですが。


私は優しいのか分かりませんが、でも同じ親としてそうやって思ってもらえただけでも、いろいろ辛かったけど嬉しかったんです。


何をしても私は息子が1番で、息子が大切で、理不尽な事ばかり息子はありますけど、とっても優しい子で、友達にも必要とされる息子でよかったなと思います。


なので、私ができる事は必ずする。

誰に何を思われようとも、そんなの関係ないです。

だって、私が彼の母なんですもん。

母は子供を守る。

それだけです。


少しでも学校の事で悩んでいる人の力になりたいなと強く思いました。