この男の子は何を言っているんだろう

「お前、すげぇ悲劇なやつだ」

「なにが?」

とっさに、そう応えていた
インスタントスマイルが歪んでいる

きっと今、ひどい顔をしている
あたし、ブサイクだ

「なんで丸く収まってんの?
はっきり言ってあいつらおかしくね?」

さっきも言ったけど
この男の子は何を言っているんだろう

あたしの感じている孤独は
誰にも理解されず、受け入れられるものじゃないのに

「なんで、そんな事をいうの?」
男の子の顔は変わらない
「何がわかって…なんで、今更わかろうとしないでよ、いらない……それ、いらない」
男の子が静かに口を開いた
「いいから黙れよ」

ほんとに訳がわからない
何を考えてるんだろう

あたしはやっと、
他人に理解を求めないようにすれば楽だと、気づいたというのに

無神経に掘り起こさないで欲しい
掻き乱さないで欲しい
今やっと沈澱していったばかりなのに

「お前が口から出してる事は、なんか、ほとんど身体に悪く思えてくる」
「それはあたしに喋るなって事?」
「今はな」

男の子は最初の位置を動かない
壁にもたれ掛かって遠く空を眺めている
羊の群れが、忙しそうに西の方へ泳いでいった

でも、あたしは男の子に見られているように思った

空を見ながらあたしを見ている

「お前さ、生きるの大変そうだな」
誰だって大変だろう
「お前が喋る言葉がいちいち疲れてる、警戒しながら疲れてる」
「あたしの事どこまでわかって喋ってるの?だいたい、今までまともに喋った事もないあんたに何がわかるんだかあたしはわからない」
「だって今までお前と喋る気しなかったんだもん」
そりゃあそうだ
「お前さ、普段はお前じゃなかったんだもん」
「は?」

こいつは何でもわかっているつもりでいるのだろうか
役者でもやってろ

急に腹立たしくなって
あたしはイライラと貧乏ゆすりをはじめた

「お前だけじゃねーけど、お前は特にお前じゃなかったからな、妙に人間味ねぇんだよな、今やっとお前になったから話かけた」

「あのさ、元のあたしを知ってるみたいな口ぶりなんだけど」
「だってお前、あれだろ?えー…っと、あれ、むしっ…無者…ん~」
「無神論者?」
「それ」
だからどーだというのだ
だいたい…
「なんであたしが無神論者だと思うの?」
「似てるから」
は?


「俺の妹に」





あたしは、なんでもできる




—これは自慢ではない、
悲劇だ

文章を理解しやすくする為に、あたしの細かい部分の話をすると

あたしは、中学三年生
女の子に友達はいない
気の合う男子ならちらほら
昔からそうだ

所詮中学生のリストカット、どうせくだらないと思わないでほしい

小さい頃、両親が離婚して、あたしは父親の方に預けられた
今ならそんな珍しい話でもない

父親はいつも、
「お願いだから母親のようにはならないでくれ」
と言っていた
だらしがなくて自己中で金使いの荒い、母親のようにはなるな、と

今となっては母親が憎いが、当時は小学校低学年、純粋で何も知らないただの甘えん坊だったのだ

その言葉は小さいあたしにはいろいろと重かった

いや、こんな話はいいんだ

とにかく、
母親のようになって欲しくないと願う父親が、
あたしを小さい頃から度が過ぎるほど厳しく育てた(と祖母から聞いたし、なんとなく覚えている)

そのせいで昔からあたしの頭は理屈でぎゅうぎゅうだった
今も、だ

筋が通っていなければ
モノを言う事も許されなかった
小学生二年生がだ

小さい子独特のわがままとか
筋が通っていない文句とか
何ひとつ満足に言えず、

あたしにとっては
反抗期もまた理屈が通ってないので、理性で抑えてきた

だから、昔から一人だった

誰に気も許せず、
理屈っぽいあたしと仲良くしようという者もなく、
とにかく、一人だった

集団に溶け込めない
だから、悲劇だ

人間という動物が生きる為の条件を満たせていない

中身は年相応の、甘えん坊のまま

結局はいつまでも子供のまま立ち止まってしまう
悲劇

悲劇、悲劇、悲劇

そうとしか思えないのもまた、悲劇
そのループ

それに加え、あたしはなんでもできる
でも、なんにもできない

表向きあたしは器用な人間
だから
イベントごとにみんなあたしを最大限利用する

間違っていない

プラス、責任もあたしに押し付ける
最初は戸惑った

「なんでだ?あたしは頑張った、行き過ぎた期待に応えようとした、あたしは望んでこの立ち位置に立った訳じゃなかったし、すると何がいけなかったろう?」

考えた

得意の理論的思考で
みんながあたしをポイした理由を必死に探した
でもわからなかった

考えて考えて、疲れて、それでも考えて
あたしは、考える事と、泣く事をやめた

結局はみんな
あたしの心情とかどーでもいいんだ
そうだよね、所詮他人事だもんね
それが集団ってもんだもんね

そっか、そっか


気づいたんだ
でも、それは悲しい閃き

イベントごとに持ち上げられる
どんどん高くなる
持ち上げてる方は楽しいだろう
なら持ち上げられる方は?

みんな知らない
そんな事考えない
所詮他人事だから
それが集団行動だから

でも実はみんな知ってる
持ち上げられる方の気持ち

だって、高い所は怖いでしょ?


そして、しまいには疎まれる

みんな、なんか才能と努力を勘違いしてないか?
始めは、発想がいいだとか、偶然うまく出来たとかでみんなに注目される

次、その技術が必要な時、あたしを利用する
みんなが期待してるほど
あたしは器用じゃないのに

いつも、「期待」の背中ばかり見ている
追いつけない


だから、あたしの頭は現実逃避しがちだ
境界線がなくあやふやで、少し不安定

だから、自分が怖くなる
たまに
自分は死んでももう怖くない、と思ってしまう

それが怖い

だから、切るのだ


傷つくのは怖い
怖いなら、まだ生きていたいと思えてる証拠

そうして、前回書いたようにつながっていく



誰かこれを見ているだろうか

まさかとは思うが、見ているなら
少しだけでいいから
あたしの立場にたって考えてみてほしい


あたしの立場

わかってほしいなんて、もうずっと思っている
叶うはずなんてないけれど


また最近イベントがあって
何十回目かの同じ事をベランダで一人、思っていた

ここに書いたような事だ



唐突に声がした

急すぎて何を言ったか聞き取れなかった
いや、驚いたあまり聞く余裕がなかった

「あ…、あの、何か」

振り向くと、目やら口やらにやたらホクロがある男の子が立っていた

「お前、すげぇ悲劇なやつだ」









カットリスト。




手元には 刃出しすぎのカッターがあって
あたしの太ももの上には キズを重ねて茶色く汚れた小汚い左腕と
真新しい赤い線が四本書いてある右腕がある

以上が 今あたしが見ている景色

不思議なことに、その景色のなかにあたしはいない
あたしから あたしは見えない

それにしても、どうしてこうなったんだろう

左腕を見ていると涙が出てくる
新しいキズになればなるほどかさぶたは赤黒く、キズは 深い

最初にリストカットした時は
自らの体を切る時の恐怖を、怖いのはまだ生きていたい証拠なんだ
と解釈しては、
"まだ"大丈夫だ、"もう少しだけ"頑張れる、
と思えた、なかなか前向きなものだったのだが…

それに、最初は綺麗だったのだ

自分に向かってキズが延びているのは怖い、という理由から、
キズは全て自分と平行に切っていたので、
最初は、赤い縞模様ができたみたいだったのだ

はっきりとは思い出せないが、
多分、×の形にキズをつけるようになってからだ、腕が汚くなったのは

その日は特に最悪な日で、
心を閉ざすような気持ちで、×の形がいっぱい溢れてきてしまった
どこから?とか、そういうのを言葉で説明することは出来ないが、
とにかく「溢れて」きたのだ

だからその溢れた×を、
左腕にこぼした

左腕は喜んで迎え入れ、
あっというまに×でいっぱいになった

左腕に、あたしの心の鏡が出来た

いまやキズだらけの腕
きっと心がそうなんだろう
流れる血
きっと心が泣いてるんだ
汚い汚い腕
きっと心は汚れている

わかりやすい
わかりやすいと安心する

だからこんなことになってしまった

鋭利な鉛筆で
赤い線を腕の上に延ばしていく
…お絵かきをする子供のように


リストカットする前は
リストカットをする人を恥ずかしい人だと思っていた
ただの、痛いもの自慢だからだ

大抵はそういう人だけれど、
そういう人でも、
浅いながら、「心配されたい」という心のキズを手首に写したんじゃないかと思う


それに、リストカットは人数分の動機や理由がある
いろんな原因もある

だから、一概に責めたらいけない
自殺行為ではないのだから
むしろ生きていたいが故の不器用なアクションといってもいい

あたしは、リストカットをそう考える
同じ場所に立ったからわかった

此処に立っていると、ひとりかくれんぼしている感情がよく見える


悲しい自分がよく見える