母への思い | yunyunのブログ

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母が老人ホームに入ることになった。

私が社会人になった頃から精神病を患い、依存され、どんなに母が大変か訴えら続け、昼も夜も電話が鳴ることもあり、拒否すれば罵倒され、私は酷い子供だと罪悪感を植え付けられ、あの人から逃れたいとずっと思い続けてきた。

自分の友達が子育てをするようになって初めて自分のうちが他の家とは違っていたということに気づいた。家の中はいつもひどく散らかっていて、食べ物は商店街て買ってきたお惣菜、カップ麺がテーブルにころがっているだけという事も多々あった。母は社交ダンスとおしゃれが大好きで、子供は放ったらかしにして遊びに行っていた。

大人になってから、それならば何故全然愛情を受けなかった自分が、こんなにも母に束縛されなければならないのか、でもだからといって病気の母につらくあたる自分はなんてひどい人間なんだと苦しかった。

でもここ1年位認知症の症状がでてきた母親は、実家に同居する兄嫁とうまくいかず、兄嫁に対する怒りを私にぶちまけたり、ひどく怯えていたりはするが、私に対しては一貫して穏やかになった。

私のことを大好きだという。同居の兄のことも、遠くに住む姉のことも大好きだという。子供たちに迷惑をかけたくないといって精神科の先生の前で涙するのを見て、偽りのない気持ちなんだろうと胸が痛む。

私は今ではもうわからない。どちらが本当の母なのか?

私や姉に対して憎悪をむき出しにして支配してきたあの母の本質はこんなにも穏やかで子供を愛するものだったのか?

私はいったい母の何を知っていたのだろうか?母はどういう人だったのだろう?

若いときに3人の子供を残して配偶者に先立たれ、どんなに心細く、辛かったことだろう。

それゆえに精神を病んでしまったとも今だったら思える。

いつも文句ばっかりいっていた。どこそこが痛い、ここが苦しい、子供なんだから面倒をみるのは当たり前でしょ、なんで出来ないんだ!・・・

でも今は「何か心配ごとない?」と聞いても「ないよ」という。

「体辛くない?」と聞いても「元気だよ」という。39kgしかない細い体でよろよろと歩きながら。

本当に元気がない人は、元気だよ、というんだと思った。

認知症になりかけて、あの人もきっと今までのつらい人生から解放されつつあるのかな。

きっと私と同じようにあの人もずっと苦しんできたんだろうと思う。

だって母親だって、未熟でちっぽけな人間なんだ。

母はものすごく美しい人だった。私は父親似なので全く似なかったけど。。。

フリフリレースの洋服を着て、鏡の前でポーズをとっている元気だった頃の母を思い出す。

きっと今の私くらいの歳だったはずだろう。

ずっと苦手だと思っていた。あの人みたいな人間にはなりたくないと思ってきた。

だけど私に悪態をついてきたあの母に戻ることはもう二度とない。

そう思うと涙があふれた。