ども。おはようございます。
昨日は家に帰って外食に行く気にもならず、食パンを食べて速攻寝ました。
おかげで朝から元気モリモリ
昨日心療内科の診察待ち時間に
『おばあちゃんと私
~認知症介護、ひらやまさん家の場合~』
を読みました。
面白くってひとりニヤニヤする私。
めずらしく待ち時間が1時間ほどでしたので、半分しか読めませんでした。
診察室に入り、先生にどうですか?と聞かれても
言葉が出てこない。
特に言いたいことはない。
というより、何から言えばいいのかさっぱりわからない。
先生の顔も見れず、うつむいたまま3分ほど無言が続き・・・
頭の中が混乱したまま口を開きました。
父が退院することが決まったが、ボケがさらに酷くなったこと。
区役所の手続きが大変でパニックになり、涙が止まらず女性に悩みを聞いてもらったこと。
ブログで毎日ありったけ吐き出して、脳の中にある黒板を毎日すべて消しているので、
黒板はまっさらな状態にあり、特に今吐き出すことはない。
今はどんな困難にも立ち向かえる勇気と自分自身が強くなれたと思う。
焦燥状態が以前より酷くなる母に対して、おろおろすることなく対応できるようになれた。
両親は私に依存しているので、どうしても私がやらないと!と思ってしまう。
そして、今日ケアマネ交代のことで上司2人に、今まで合った辛い出来事を
話さないといけないのが不安で、爆発して半狂乱になってしまいそうで怖いこと。
1分1秒を争う過酷なスケジュールから抜け出して、アルプスの少女ハイジが住んでいる
スイスの山奥で、誰にも邪魔されず1週間過ごしてみたい と。
カルテを見ながら先生は、いつも私の話を苦笑いしながら聞いている。
先生「1週間休養が必要です、と診断書書きましょうか?
お母さんのことはお姉さんに任せて、旦那さんには理解してもらった上で1週間休養されたほうがいいと思います。」
こんなところで誰にも邪魔されず、芝生や森林の香り、小鳥のさえずりを聞きながら、1週間休養できたらどんなにすばらしいことだろう。
でも ムリ~ (_ _。)
誰にその診断書を見せるの?
見せたところで皆が納得してくれると思う?
診察の帰り道、大粒の雨が降ってきました。
今日お父さんとこ行くのやめよう・・・
日記書いてもらいたかったんだけどな・・・
1時間ほどボーっとしながら、『ここはスイスの山奥、ハイジが住んでるところ』を一生懸命イメージしてみました。
森林の香りの演出でもすればその気になれたかもしれない。
1時間半何もせずただボーっとしたまま、お風呂の準備をして母の帰りを待っていました。
連絡帳に書いたのに、また1番に送迎されてるし。。。。
母が夕ご飯を食べ、お風呂に入ろうと服を脱ぎだした時、ケアマネの上司2人が家にやってきました。
母「どうしよう・・・おろおろ 裸でいられへん。」
私「かまへんからお母さんはお風呂に入っておいで。」
酷い焦燥状態でも、他人の前では必死に冷静さを取り戻そうとする。
母をお風呂へ入らせ、居間に上がってもらいました。
まず最初にケアマネに出会った時の対応の仕方から話して、なんでも勝手に決めてしまう、
選択権がない、電話しないと動いてくれない、いつも事後報告である。
両親の介護と自分の家庭や仕事のストレス、そのうえにケアマネのストレスまで抱えたくない。
「私の家にもヘルパーさん来てもらいたいわ」の言葉に対し、
「そんなんうちだって来てもらいたいわよ!うちなんてね・・・」と延々と聞かされる愚痴
これは絶対言いたかったのに、頭が真っ白で言うのを忘れてしまいました。
途中で母の薬を塗ったり、シッカロールをつけたり、パジャマを着させたりで話が途切れ途切れになってしまったからかな。
取りあえずケアマネだけを交代するということで話が決まり、月曜日に改めて挨拶に来てくれるようになった。
デイサービスのことも本当は私の仕事にあわせてしてもらえれば助かるんだけど、勝手に予定を決められてしまったので、8月は今まで通りで。
あとのことはこれから考えましょうと。
帰り際で、「かおりんさん 以前10年位、患者の会のフラワーアレンジメントでお世話になった方ですよね。私そのときその病院にいたんですよ。
お母様も役員会によく顔を出しておられて、いろいろお世話になりました。」
そうね、そんな輝いていた時代もあったわね。
その時もがむしゃらに頑張っていたな。
でもいい勉強になったよ。
みなさまのポチ★がブログを書く励みになります。 


毎日ペタしてくださる皆様、そしてコメントしてくださる皆様のおかげで、どんな困難にも立ち向かえる勇気がもらえます。感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。
*認知症*
*パニック障害*
昨日は家に帰って外食に行く気にもならず、食パンを食べて速攻寝ました。
おかげで朝から元気モリモリ

昨日心療内科の診察待ち時間に
『おばあちゃんと私
~認知症介護、ひらやまさん家の場合~』
を読みました。
面白くってひとりニヤニヤする私。
めずらしく待ち時間が1時間ほどでしたので、半分しか読めませんでした。
診察室に入り、先生にどうですか?と聞かれても
言葉が出てこない。
特に言いたいことはない。
というより、何から言えばいいのかさっぱりわからない。
先生の顔も見れず、うつむいたまま3分ほど無言が続き・・・
頭の中が混乱したまま口を開きました。
父が退院することが決まったが、ボケがさらに酷くなったこと。
区役所の手続きが大変でパニックになり、涙が止まらず女性に悩みを聞いてもらったこと。
ブログで毎日ありったけ吐き出して、脳の中にある黒板を毎日すべて消しているので、
黒板はまっさらな状態にあり、特に今吐き出すことはない。
今はどんな困難にも立ち向かえる勇気と自分自身が強くなれたと思う。
焦燥状態が以前より酷くなる母に対して、おろおろすることなく対応できるようになれた。
両親は私に依存しているので、どうしても私がやらないと!と思ってしまう。
そして、今日ケアマネ交代のことで上司2人に、今まで合った辛い出来事を
話さないといけないのが不安で、爆発して半狂乱になってしまいそうで怖いこと。
1分1秒を争う過酷なスケジュールから抜け出して、アルプスの少女ハイジが住んでいる
スイスの山奥で、誰にも邪魔されず1週間過ごしてみたい と。
カルテを見ながら先生は、いつも私の話を苦笑いしながら聞いている。
先生「1週間休養が必要です、と診断書書きましょうか?
お母さんのことはお姉さんに任せて、旦那さんには理解してもらった上で1週間休養されたほうがいいと思います。」
こんなところで誰にも邪魔されず、芝生や森林の香り、小鳥のさえずりを聞きながら、1週間休養できたらどんなにすばらしいことだろう。
でも ムリ~ (_ _。)
誰にその診断書を見せるの?
見せたところで皆が納得してくれると思う?
診察の帰り道、大粒の雨が降ってきました。
今日お父さんとこ行くのやめよう・・・
日記書いてもらいたかったんだけどな・・・
1時間ほどボーっとしながら、『ここはスイスの山奥、ハイジが住んでるところ』を一生懸命イメージしてみました。
森林の香りの演出でもすればその気になれたかもしれない。
1時間半何もせずただボーっとしたまま、お風呂の準備をして母の帰りを待っていました。
連絡帳に書いたのに、また1番に送迎されてるし。。。。
母が夕ご飯を食べ、お風呂に入ろうと服を脱ぎだした時、ケアマネの上司2人が家にやってきました。
母「どうしよう・・・おろおろ 裸でいられへん。」
私「かまへんからお母さんはお風呂に入っておいで。」
酷い焦燥状態でも、他人の前では必死に冷静さを取り戻そうとする。
母をお風呂へ入らせ、居間に上がってもらいました。
まず最初にケアマネに出会った時の対応の仕方から話して、なんでも勝手に決めてしまう、
選択権がない、電話しないと動いてくれない、いつも事後報告である。
両親の介護と自分の家庭や仕事のストレス、そのうえにケアマネのストレスまで抱えたくない。
「私の家にもヘルパーさん来てもらいたいわ」の言葉に対し、
「そんなんうちだって来てもらいたいわよ!うちなんてね・・・」と延々と聞かされる愚痴
これは絶対言いたかったのに、頭が真っ白で言うのを忘れてしまいました。
途中で母の薬を塗ったり、シッカロールをつけたり、パジャマを着させたりで話が途切れ途切れになってしまったからかな。
取りあえずケアマネだけを交代するということで話が決まり、月曜日に改めて挨拶に来てくれるようになった。
デイサービスのことも本当は私の仕事にあわせてしてもらえれば助かるんだけど、勝手に予定を決められてしまったので、8月は今まで通りで。
あとのことはこれから考えましょうと。
帰り際で、「かおりんさん 以前10年位、患者の会のフラワーアレンジメントでお世話になった方ですよね。私そのときその病院にいたんですよ。
お母様も役員会によく顔を出しておられて、いろいろお世話になりました。」
そうね、そんな輝いていた時代もあったわね。
その時もがむしゃらに頑張っていたな。
でもいい勉強になったよ。
みなさまのポチ★がブログを書く励みになります。 

毎日ペタしてくださる皆様、そしてコメントしてくださる皆様のおかげで、どんな困難にも立ち向かえる勇気がもらえます。感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。*認知症*
*パニック障害*
