当初、意味が解らず記事を3回読み直しました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110524-00000011-maip-soci

今年2月28日午後8時ごろ、岡山市北区の無職、清原陽子容疑者(37)が長女麗(れい)さん(16)を自宅アパートで裸にし、手足をビニールひもで縛って約5時間にわたって風呂場に立たせ、放置して死亡させていました。

その麗さんが「ごめんなさい」と何度も手書きした反省文が自宅からみつかったそうです。

なんで麗さんが謝る必要があるのか理解できずに3回読み直しました。

麗さんが何らか清原陽子容疑者に気に入らない行動をして、暴力をふるっていたのではないかと思われます。

そして反省させるために反省文を書かせていた。

麗さんは何を反省することがあったのでしょうか。

死を持って償わなくてはいけないような事をしたのでしょうか。

私にはどうしても理解できません。

無くなった時の麗さんは16歳の女の子でありながら身長137cm、体重27kgだったそうです。

麗さんと同じ16歳女性の平均身長は157.7センチ、体重は52.7キロ。

知的障害のある娘さんだった様子で、言う事を聞かないからとのことで身体的な虐待、養育の義務の放棄をしていた様子です。

知的障害がありながら「ごめんなさい」と何度も何度も書いている様子を想像すると涙が出て止まりません。

麗さんのご冥福をお祈りします。

地震発生後2か月が経過し3か月目になりました。
まだ見つかっていない行方不明の方もまだまだたくさんおられます。
そんな中、今後の日本が立ち上がるために少し素人ながら考えてみました。

1.電気を作り出す
2.電気の蓄え
3.省電力製品の開発

全てを同時にしなくてはいけません。

1.電気を作り出す
取りあえず電気を作らなくては日常の暮らしに影響が出ることがわかりました。
今までは電力は電力会社から供給されるものだ
との考えがありました。
今は電力を販売していい時代になっています。
作ることが出来れば売ることができます。
そこで各家庭で電気を作り出すという発想にしたいと思います。

まず、太陽電池パネルの開発
現状の電気への変換効率は17%程度とのことです

http://www.nef.or.jp/award/kako/h09/98syo3.htm

日本政府はこの分野への投資を行いもっと効率のよい太陽電池パネルを開発するように
メーカーへ依頼することが必要だと思います。
より安全でクリーンな電気を各家庭で作ることが必要だと思います。

2.電気の蓄え
作った電気を蓄えておく必要があります。
太陽電池パネルで電気を作れるのは太陽のあたっている昼間だけです。
昼間が短い冬や雨の日は電気が作れない事になります。
そこで作った電気を蓄える必要があります。
そのために蓄電池を作る必要があります。
車のバッテリーのような蓄電池を作り出し太陽電池が充電できないときは蓄えた電気を使っていきます。

3.省電力製品の開発
現状の冷蔵庫やPC、エアコンなどは昔と比較してとても省電力になっています。
しかし、それだけではまだまだ足りません。
今以上に電気を消費しない製品を作り出し低電力になるようにしなければいけません。


そのように各家庭、各事業所で省電力や電気を蓄えることが出来るならば発電所は必要なくなります。

また、これらの技術を日本の技術として完成させ各国に製品として販売し喜んでいただく時期が来たのではないかと思います

これらのことを実行するために国はお金を使うべきだと考えます。

日本の技術力の上昇、日本の雇用創出、日本の海外へのまねできない製品の販売。

とても悲しい自然災害、原子力発電所の破損が発生しましたが、これからを生きていかなくてはいけないのは残された人たちです。

転んでもただでは起きない。
そんな事を思いながらブログを書きました。

焼き肉店の食中毒であまりに腹立たしさを覚えましたのでぼそぼそ書いていきます。
(本日珍しくブログ2回更新^;)

まず、こちらの記事を読んでください。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/506193/

要約しますと

「韓国では衛生管理しっかりしてるからユッケ出しても問題ないよ」

と言っております。

ま、その情報が本当かどうかを調べない人はそこで「ほぉほぉ、さすが「焼き肉の本場だ!!」など勝手に思い込んで終わることでしょう。

で、次のサイトを見てください。

http://www.pref.ishikawa.lg.jp/hc/ishikawa/gakki/ga164.html

このサイト、石川県のサイト(ホームページ)です。

要約すると

「高校生が修学旅行で韓国行って食中毒にかかりました」と書いています。

人数716人が対象として103人

これでも食中毒は発生していなかったんですかね?

今回と同じO111の大腸菌が検出されています。

余りの偏向報道に対しての怒りでブログを書きました。

なんとなく日本も情報規制入ってるんですね(苦笑)
価格競争

先日、焼き肉チェーン店で食中毒問題が発生しました。
安売りをメインとして拡販を行っていた様子です。

前からブログでぼそぼそと言っているのですが、短期的な安売り販売は良いかとは思うのですが、長期的に販売を考えた時にメリットはないと感じております。

スーパーなどでの特売は一時的なものですし、特売品での利益は無くてもほかの商品販売で利益が出ていればスーパーとしては良い形となります。

消費者の立場で考えれば「1円でも安く買いたい!」と思う気持ちはよくわかるのですが、長期的に考えると誰の為にもならないばかりか回り回って消費者に返ってきます。

今回の焼き肉チェーン店での食中毒は安全面での確認が出来ておらず亡くなった方がおられます。

社内での安全教育、チェック体制に専任の方や時間を設けていればこのような事は発生しなかったと思います。

生肉の危険性をここ数年でもたくさんニュースに上がっておりました。

新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)、鳥インフルエンザ、口蹄疫病などなど・・・・
それが何故頻繁に発生するのか。
今一度原点に返って、食べ物の安全性にお金をかけても良いのではないかと感じます。
有名な企業が販売しているから、サービスを提供しているかなどは何の基準にもなりません。

命を維持していかなくてはいけないための食品にもっと皆さん価値を見出しても良いのではないでしょうか。

そんなことを「牛丼戦争」の記事を見ながら考えました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110510-00000157-jij-bus_all
最近、ふと思うのですが、生きているってことは何らかの情報のインプットがあって必ずアウトプットがあるように思います。

例えば、勉強なのですが、学生のときは色々な教科の学習を行い、それをテストという形で出力することを求められていました。

その結果「よく覚えている」とか「応用が利く」と自分なりの評価、周りの友人たちの評価、先生の評価が決定していました。

長く生きていくとその時のテスト結果が良くなくても必ず何らかの答えがアウトプットとして出てきます。

スポーツをやっている方は学生時代、他の学校に負けたとしても、日ごろから体を鍛錬されていれば年を取ってからも元気でおられる方やトラブルが発生したとき精神的に踏ん張れる方が多いです。

勉強を一生懸命されていた方は学生時代にテストという結論が出なくても社会に出てふとした時に数学の公式や

解の公式を使う羽目になったりもします。

頭の片隅に何らかの情報が残っていれば、それを紐解いて体が覚えている部分があります。

得た知識(インプット)は何らかの形となって出力(アウトプット)されるものだと感じます。

私の場合。学生時代に得た一番の宝物は勉強ではなく友人でした。

知識は時間とお金があれば今からでも得ることはできますが、損得関係なしに動いてくれる友人は

かけがえのないものです。

それもインプットとアウトプットの関係だと思います。

友達という絆を得て、友達に絆でお返しする。

一人だとそうはいきませんよね。

あ、何を言っているかわかんないかもしれませんね^^;