あなたは自分は才能のある人間だと思いますか?
それとも才能のない人間だと思いますか?
そもそも「才能」って奴は何なんでしょうかね?
一体何が「才能」で何がそうでないのか?
あなたにはどのくらいの「才能」があるのか?
「才能」があるとするならば、それはどんな「才能」なのか?
何か夢をもって頑張っている人。
大きな壁にぶつかって立ち止まってる人。
自分には「才能」ないな・・
そう思っている人はここから先に書くことをちょっと読んでみてください。
よく才能とは「ダイヤモンドの原石」みたいなものだとか言われる。
それを努力してピカピカに光るダイヤモンドにしていく人もいれば、
全く何もしないで原石のまま終わらせる人もいる。
これを聞いたときに「なるほど・・・」と思った。
でも自分で実際に生きてきてこの例えはやっぱりキツイなと思ってしまう。
結局は原石なんだろうけど生まれてながらに持っている原石の状態といいますか、
輝きというものがあってそれぞれ違うと思ってしまう。
ある人は最初から3カラットあって、ある人は最初は1カラットしかない・・・。
そういうものがあって磨けど磨けどそれ以上は輝かない。
私なんてひねくれ者だからそんなつまらない考え方に陥ってしまう。
要するにいくら努力をしたところで、最初から与えられているモノが違うのだから
それ以上は無理。
まぁ例えが悪くて申し訳ないけど、生まれながらに得た環境みたいなものです。
だから「それはちょっと違うんじゃない?」ってことで
私なりの「才能」についてもう一つ違った見方を紹介します。
「才能とは育てる力」
結論から言うとこれです。
単刀直入で言うと「才能とは努力」です。
いかに努力出来るかが才能と言える。
努力することの出来る人が才能のある人です。
才能という言葉は辞書で調べると
「物事をうまくなしとげるすぐれた能力。技術・学問・芸能などについての素質や能力」
なんて出てある。
確かにそうなら最初に書いた話でつじつまが合う。
でも私はそうは思わない。
そんな見えないものをどうやって判断するんだ?
子供の頃、近所の中でも飛び抜けて頭のいい奴や
運動神経のいいやつが大人になって必ず大成するとは限らない
そして、才能を育てる事と同じくらい大事なことがある。
それは「絶対諦めない」ことだ。
多くの人は夢に向けて努力しているだろう。
それは些細なことであっても自分の才能に気付き、それを育てようとしているんだと思う。
でもその大半はせっかく育てている才能を、人のせいや、年齢のせい、
環境のせいなんかで育てることを止める。
そりゃ色々あって心身ともに辛いのかもしれないけど、
育てることを止めたらそこに何があるか。
たぶん過去の栄光なんかじゃないかな。
そしてそれに縛られた生き方をしてしまうんだろう。
私はそんな昔の事を語る奴にはなりたくなし、
今をどう生きるかを大切にしたいと思っている。
だからもし、まだ自分で何か出来ると思っているなら育てることを止めないでほしい。
自分に逃げ道を作って諦めることをしないでほしい。
そうすればいつか必ず夢が叶う日が来ると私はそう信じてます。