ブラインドゴルフをパラリンピックに!

ブラインドゴルフをパラリンピックに!

ブラインドゴルフは、視覚障害者が介添え者と二人一組でプレーするゴルフ競技で、障害者ゴルフの一つ。視覚障害者ゴルフ、盲人ゴルフとも呼ばれます。障害者ゴルフの2020年パラリンピックの正式種目化を応援します!

2020年夏季オリンピック・パラリンピックの開催が、東京に決まりました。


スポーツは、人類共通の言語です。
オリンピックは、平和の祭典といわれる通り、世界の平和にきっと貢献できると思います。


そして、パラリンピックでは、参加選手の姿を通して、障害を持つ方に、感動を伝え、生きる喜びを与え、勇気づけることができるものと信じます。


中でも、視覚障害を持つ方の、数少ないスポーツの一つが、ブラインドゴルフ。
障害者ゴルフ、ブラインドゴルフが、パラリンピックの正式種目となり、視覚に障害を持つ方の夢につながりますように。

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ゴルフのオリンピック前哨戦の、ゴルフのワールドカップが、11/21~23に、オーストラリア・ロイヤルメルボルンGCで開催されます。


今回の「ハンダワールドカップゴルフ」は、ゴルフが正式種目になる、2016年リオデジャネイロ・オリンピックに準じたルールでの、初の大会となります。


そして、冠スポンサーは、「ハンダワールドカップゴルフ」とあるように、半田晴久氏が会長を務める、ISPSで、今回のワールドカップゴルフは、半田晴久氏の唱える、「障がい者ゴルフを国体に、パラリンピックに」をアピールする絶好の機会にもなります!


障がい者ゴルフを広く知ってもらい、ぜひとも、2020年には、障がい者ゴルフがパラリンピックの正式種目になってほしいものです!





 ブラインドゴルフ(視覚障害者によるゴルフ)は、1924年、アメリカで始まりました。そして、第二次世界大戦以降、失明した傷痍軍人のメンタリティーの回復を促すというところから発展していきました。


 特別なルールを必要とせず、健常者と同じ環境で行えるということから、ゴルフを通じて視覚障害者が自信を回復し、さらに自らの可能性を見出して心豊かな世界が広がっていくのです。これは、国内外の多くのブラインドゴルファーによって実証されています。


 障害者の自己実現のお手伝いをする真の福祉活動を目指し、1988年、半田晴久名誉会長によって、日本で初めてのブラインドゴルフクラブが設立されました。これが、日本ブラインドゴルフ振興協会(JBGA)の前身であります。当協会では、ブラインドゴルフの国際大会でも数多くの上位入賞者を輩出し、ハンディや言葉の障害の壁を越えた、感動のドラマを生み出してきました。


 また、全世界のブラインドゴルファーやブラインドゴルフ協会に積極的に呼びかけ、5カ国参加の「世界ブラインドゴルフ協会(IBGA)」設立の基を作りました。長年にわたるブラインドゴルフの世界的普及活動への貢献により、半田晴久名誉会長は、「世界ブラインドゴルフ協会」の総裁に満場一致で推挙され、現在に及んでいます。


  特定非営利活動法人(NPO法人)
  日本ブラインドゴルフ振興協会




 2013年9月12日(木)・13(金)に行われる、「外務大臣杯 厚生労働大臣杯 2013年 ブラインドゴルフ・ジャパンオープンチャンピオンシップ」に、ウェイン・グラディがスペシャルゲストとして参加されます!



 以下、公式HPからの引用です。


Wayne Grady
(ウェイン・グラディ)
1990年全米プロゴルフ選手権優勝


 1978年に21歳でプロに転向。1990年の全米プロゴルフ選手権(四大メジャートーナメントの一つ)の優勝が、最も有名である。
 1989年の全英オープンでは、プレーオフでマーク・カルカベッキアに敗れ、グレッグ・ノーマンと2位を分け合った。1984年に、クオリファイング・スクールを通じて、米国PGAツアーへの参戦権をはじめて獲得し、主として米国内でプレーして、そのほとんどの輝かしい経歴を積んだ。2000年から2006年まで、オーストラリアPGAツアーの会長を務めた。また、ゴルフコース設計事業を経営し、2000年以降は様々なゴルフ・チャンネルで解説者として活躍。
 2007年7月に、全英シニア・オープンにおいてシニアデビューを果たした後、同年、米国内でのチャンピオンズ・ツアーに初出場。
 USチャンピオンズ・ツアーにおいて引き続き活躍する一方、米国および母国オーストラリアにおいてゴルフの解説をして過ごす。
 最近では、2007年と2008年の、ハンダ・オーストラリアン・シニア・オープンで優勝した。